---休憩室にて。
「結衣ー!聞いてる?またボーっとしてたでしょ?」
声をかけてきたのは、同期の神谷 柚希(カミヤ ユズキ)。
黒髪を高めに結い上げ、明るい声がよく通る。
仕事中はしっかり者で、患者さんにも人気の看護師だ。
「ごめん、ちょっと考えごとしてた。」
「また?どうせまた“人生とは”とか哲学してたんでしょ。」
「……まあ、そんな感じ。」
柚希はあきれ顔で笑いながら、お茶を差し出してくれる。
「もうさ、結衣ってほんと真面目なんだから。いい加減、誰か紹介しようか?」
「この前も紹介してもらったじゃん。優しい人だったけど……なんか、違うなって思って。」
「“なんか違う”って便利な言葉よね〜。でも、メール途絶えてたじゃん、あの人。」
「そうだね。自然消滅。ごめんね、せっかく紹介してくれたのに。」
「いいのいいの。結衣が幸せならそれで。ていうか、恋愛しない宣言ってまだ続行中?」
結衣は苦笑した。
「うん。たぶん、今の自分が楽なの。恋愛って、心が忙しくなるじゃない?」
「ふーん、でも結衣の恋してるって顔も見てみたいけどなー。」
「なにそれ、やめてよー。」
柚希はにやにやしながら結衣を肘でつついた。
「ま、いいけどさ。春だし、出会いの季節ってやつだよ?新人の先生達、内科の先生とか結構イケてるらしいよ。」
「先生達……?」
「そう、今日の午後、オリエンテーションあるじゃん。楽しみにしときなって!」
その言葉を聞いた時は、ただの軽口だと思っていた。
――まさかその中に、あんな人がいるなんて。
その時の結衣には、まだ想像もできなかった。



