結衣は、そっと息を吸った。
「私、小さい時……蝶々結びが苦手だったんです。」
「蝶々結び?」
陽向先生が意外そうに顔を向ける。
「はい。何度も練習したんですけど、すぐにほどけちゃって。
いつか大人になったら、きっと上手に結べるようになるんだって思ってました。」
結衣は、遠くを見つめながらゆっくりと話し続けた。
「……でも、大人になっても、上手に結べなかったのは“人との結び方”の方でした。
前に付き合ってた人がいたんですけど……結婚間近で、その時に浮気されてることを知って…終わってしまいました。」
陽向先生の表情が、少しだけ曇る。
「そのとき気づいたんです。
私が本当に繋げたかった“蝶々結び”は、人と人とを結ぶ心の糸の方だったんだって。
……結局はほどけてしまって、悲しくて。
もう一度結ぶのが怖くなって、逃げてしまったんです。」
静かに流れる川の音。
沈黙を破ったのは、陽向先生の優しい声だった。
「……橘さん。」



