蝶々結び【完結】

陽向先生の携帯が震えた瞬間、
 結衣の身体はびくりと強張った。




 壁ドンされたまま、陽向先生は器用に携帯を取り出し、耳にあてる。



 その動作があまりにも自然で、彼の余裕が余計に腹立たしい。




「はい、当直医の陽向です。あぁ、熱発ですか。……他のバイタル、症状は?」



 声は落ち着いていて、いつもの“医師の顔”だった。



「わかりました、すぐに行きますね。点滴の準備をしておいてください。では。」




 電話が終わると同時に、陽向先生はふっと息をつき、スマホをポケットに戻した。





 そして――目の前で真っ赤になっている結衣を見て、
 思わずクスクスと笑い出した。




「……もう、笑わないでください。」



 結衣は顔を背け、頬をふくらませて小さく言った。





 陽向先生は目を細め、楽しそうに微笑んだ。




「はは、ごめんね。……だって橘さんが可愛くて。ついつい意地悪したくなっちゃうんだよね。」



「……そんなことっ。」



 ぷいっと視線を逸らす結衣。

 その仕草がまた、陽向先生にはたまらなく愛おしそうに見える。




「残念、時間切れだ。」


「え?」





 結衣が瞬きをした瞬間、陽向先生は軽く片手を上げて笑い、
 そのまま颯爽と個室を出て行った。





 ――残された結衣は、その場でしばらく動けなかった。





(な、なに今の……。結局からかわれただけ……?)




 顔に残る熱が冷めない。
 ドキドキとうるさい心臓の音を押さえるように、胸の上に手を当てた。





(……どうしよう。私、ほんとに……。)






 もう、自分に嘘はつけなかった。






 陽向先生を“好きになってしまっている”――その事実に、もう後戻りさえできないと思ってしまっていた。