蝶々結び【完結】

「ここに来る前の病院で、その病院にいた新人の医者だったの。
 最初は優しかったんだけど、仕事が忙しくなって、すれ違いが増えて……
 最後は、別れてしまったんだけど。
 実は彼が、……他の人と浮気しているのがわかってね。
 雨の中、ひとりで泣いた夜があったんだ。」




 淡々と話す声の奥に、かすかな震えが混じっていた。


 柚希は静かに聞いていた。


 そして、ふっと優しい笑みを浮かべた。




「そっか……つらかったんだね。」



 柔らかい声でそう言うと、柚希は結衣の肩にそっと手を置いた。



「そんな結衣が恋を閉ざしちゃうのも無理ないよ。

 でもね――陽向先生は違うと思う。
 あの人、そういうことする人じゃないよきっと。
 結衣のこと、本気で考えてると思う。」





「……柚希。」
 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。





「悩むのもわかるよ。でもね、もう一度向き合ってみてもいいんじゃない?


 逃げるより、ちゃんと向き合うほうが、きっとこれから後悔しないと思う。」





 結衣は俯きながら、ゆっくりと息を吐いた。




「……柚希、ほんとに、ありがとう。
 聞いてもらってちょっとスッキリした。
 まだ不安だけど、少しずつ考えてみるよ。」



「うん。」



 柚希は満足そうに頷いたあと、にかっと笑って言った。




「でももし陽向先生が最低野郎だったら、私がぶん殴るからね!」



「ふふっ……柚希らしい。」



 結衣は思わず笑って、目元をぬぐった。





 柔らかな風が二人の髪を揺らす。

 秋の空は高く澄み切っていて、まるで結衣の心まで晴らしてくれるようだった。





「ありがとう、柚希。」


「いいって。私は、いつでも結衣の味方だから。」




 その言葉に、結衣は静かに頷いた。

 その笑顔の奥に、ほんの少しの勇気が宿った気がした。