蝶々結び【完結】




診察室の時計が、カチ、カチと音を立てている。
 外の光は薄く、窓の向こうには沈みかけた夕日。
 オレンジの光が二人の間を照らしていた。




 結衣は、言ってはいけない言葉を言ってしまった気がして、
 心の中がざわついていた。



 「彼氏がいる」なんて――あんなの、ただの嘘。




 でも、陽向先生はその言葉を聞いても特に動じず、「じゃあ、さ――」ぽつりと彼が口を開いた。




「彼氏に、今電話してみて?」


「……え?」



 結衣は思わず顔をあげた。
 陽向先生はいつもの柔らかな笑みを浮かべている。




 ――でも、その笑みの奥に、かすかな怒りが見えた。




 冷や汗が背筋を伝う。





「かけてみてよ。ね?」
 穏やかな声。けれど、逆らえない圧があった。





「……かけて、どうするんですか?」




 恐る恐る問い返す結衣に、陽向先生は少しだけ口角を上げた。





「うーん、そうだな。」



 冗談めかした声で、ゆっくりと言う。



「“今から橘さんを僕がもらいます。助けに来てください”って、
 言ってあげようかなって。」





 ――その瞬間、結衣の頭が真っ白になった。