蝶々結び【完結】




日勤が終わるころ、ナースステーションはようやく静けさを取り戻していた。



 今日も一日が終わる。


 やるべきことを終えたはずなのに、心の中だけはいつまでも落ち着かない。




 結衣はエプロンを外して、ロビーへ向かった。
 外来の患者が引いた後のロビーは、広くて静かだ。


 自販機の前で立ち止まり、「あたたかい ミルクティー」のボタンを押す。



 紙カップを両手で包むと、じんわりと温もりが伝わってくる。


 そのぬくもりに、少しだけ救われた気がした。




 ソファに腰を下ろし、ふぅっと息を吐く。


 カップを口元に運ぶと、ほんのり甘い香りが広がった。


 緊張の糸がゆるんで、まぶたが少しずつ重くなる。




(もう少しだけ……休んでから帰ろう。)





 そう思ってソファにもたれかかった瞬間、
 柔らかな足音が近づいてくるのに気づいた。






「……橘さん?」






 その落ち着いた声に、頭がぼんやりと反応する。


 ――陽向先生だ。




 ゆっくりと顔を上げると、目の前に彼の顔があった。




 不意打ちに近い距離。
 思わず息が詰まる。



「あ、熱っ!」



 慌てて手に持っていたカップを傾けてしまい、ミルクティーが少しこぼれた。


 右手の小指に熱い痛みが走る。


「わっ、大丈夫!?」



 陽向先生がすぐに身を乗り出した。



「ごめん、僕が驚かせたから!」




「い、いえ……だいじょ――っ、痛っ……!」


 痛みに顔をしかめる結衣の手を、陽向がそっと取る。



「とりあえず冷やそう。動かないで。」



 その声は冷静で、だけどどこか焦っていた。



 結衣は呆然としたまま、されるがままに立ち上がる。




 陽向は結衣の手を軽く握ったまま、人気のない外来の診察室へと連れて行った。