それから数日。
結衣は、陽向先生と出くわすたびに気まずくなっていた。
会話もぎこちなく、以前のようになんだか自然に話せない。
ナースステーションで患者のデータを入力していると、
後ろからあの穏やかな声がした。
「橘さん、昨日の310号室の患者さん、点滴量調整してくれてありがとう。助かったよ。」
「…いえ、仕事なので。」
結衣はパソコンから目を離さずに返した。
「あれ~?相変わらずそっけないなぁ。」
「そんなことありませんよ。」
「そう? なんか避けられてる気がするんだけど。」
陽向が笑いながら覗き込んでくる。
結衣は一瞬、視線を合わせられずに言った。
「……別に、そんなことないです。」
そう言いつつ、ほんの少し距離を取る。
陽向は眉を下げて、「ふ~ん、そっか」と笑った。
その笑顔が、以前より少しだけ寂しそうに見えた。
夜、帰宅後。
窓の外では、風が枯葉を転がしている。
コートの襟を立ててベランダに出ると、
空気がすうっと肺に冷たくしみこんだ。
――陽向先生の噂。
もし、それが本当だったら。
もし、あの笑顔がただの職場だけのからかいや優しさじゃないのだとしたら。
考えるだけで、胸の奥が妙にざわめいた。
「……ばか。」
呟いた声が風に消える。
だけど、頬に触れたその風は、どこか温かかった。



