蝶々結び【完結】



「バタバタだったねぇ~……」


 柚希の声が、休憩室の空気をゆるませた。


「疲れたぁ……マッサージ行きたい……。」


 彼女はソファに沈み込むようにだらんと座り、肩を回している。



 結衣はコンビニのおにぎりを片手に、
「ほんと、寒くなってきたし体調崩す人増えてきたね。」と呟いた。



 温かい緑茶のペットボトルを開ける音が、静かな部屋に響く。



 柚希は、ストローを咥えたままにやりと笑った。


「ねぇ~最近、陽向先生とどーなの?」


 結衣の手が止まった。



「……どうって?」


 できる限り平静を装いながらも、心臓がひとつ跳ねたのを自覚する。



「えー? 何もないわけないでしょ。最近、よく一緒にいるじゃん。」


「業務上、必要なだけよ。」


「ほんとにぃ~?」


 柚希は机に肘をつき、悪戯っぽく結衣を覗き込む。



「結衣、そういう顔してるとき、何か隠してるってすぐわかるんだからね。」



 結衣は目を逸らし、おにぎりをもう一口かじった。



「柚希の期待するようなこと、何もないよ。」


 柚希は「ふぅん?」と唇を尖らせ、ニヤリと笑う。


「結衣ってさ、ほんとモテるのに自覚ないよねぇ。」


「いや、モテるとかモテないとか、どーでもいい。」


「どーでもよくないよ!だってさ――」





 柚希の声が急に弾む。

「あ!ねぇ、あの噂、知らないの?」

「……噂?」

 結衣は顔を上げた。


「え、何の話?」



 柚希はわざとらしく溜めて、声を潜めた。



「他の科の先生達がね、結衣のこと狙ってたらしいんだけど…
 でも、陽向先生が“牽制してる”って最近噂になってるの!」





「…………は?」




 おにぎりの欠片が喉に詰まりそうになった。



「ちょ、ちょっと待って、それどういう意味?」



「だからぁ~、陽向先生が“橘さん、そういう軽い人じゃないからやめなよ”って言ってくれたとか!
 もう、キャーって感じじゃない?」


「キャーじゃない!やめてよ、そんなの……!」


 結衣は顔を真っ赤にして立ち上がる。


「なんで私なのよ!?」

「だって実際、陽向先生が結衣のこと気にしてるんだもん。あれ、完全に脈ありだよ~。」


「……信じられない。噂とかほんと無理……。」


 結衣は顔を覆ってうなだれた。


「ただでさえ変な誤解とか嫌なのに……。仕事休みたい……。」



 柚希はケラケラ笑いながら「珍しいー!結衣、照れてる~!」と茶化している。



「陽向先生、絶対本気だって。あの人、そんなふわふわしてるタイプじゃないもん。」


「もう、やめてってば……。」


 結衣は小声で呟いたが、頬の熱はなかなか引かなかった。