――風が冷たい。




 朝、ナースステーションへ向かう廊下の窓から見える銀杏の葉が、ゆっくりと色を変えていた。

 蝉の声が遠のき、代わりに秋の虫の音が夜を包みはじめている。



 橘結衣は体温計を手に、病室の温度設定を確認していた。


 どの病室でも、風邪を引く患者がぽつぽつと出てきている。


 「寒暖差が大きいですね。」


 そう呟くと、患者の女性が小さく笑った。


「看護師さんたちの方が大変でしょ?いつもありがとうね。」


 その優しい言葉に結衣は微笑み、
「こちらこそ、体調崩さないように気を付けてくださいね。」と返した。




 気づけば、時計の針は昼を過ぎていた。


 ナースコールの連続と点滴交換、採血の処理。
 目まぐるしい時間の中で、昼休みの存在すら忘れていた。