――夏が来た。
病院の窓の外では、蝉の声がひっきりなしに鳴き続けていた。
それは、じりじりと照りつける太陽と同じで、否応なく季節を感じさせる音だった。
アスファルトの上に立ち上る陽炎が、まるで遠い夢のように揺れている。
橘結衣は、その景色をナースステーションの窓からぼんやりと眺めていた。
「今日も暑いねー。冷房効いてるのか効いてないのか分かんないや。」
隣で汗をぬぐいながら笑うのは同期の神谷柚希だった。
「ほんとだね。」
結衣は淡々と返しながら、電子カルテに指を滑らせた。
陽向碧先生がこの病院に来て、もう三か月が経つ。
その間、いくつもの夜勤を共にして、患者対応でも一緒に動いた。
相変わらず誰にでも優しく、爽やかで笑顔を絶やさない陽向先生だが、結衣にはまた違う一面を見せる。
そんな陽向先生に結衣は、少しずつ引き寄せられていく。
――陽向先生のその瞳の奥にある何かに、時々結衣は戸惑いを隠せないでいた。
笑顔の下に隠れている“何か”。
それが何なのか、まだ言葉にできなかった。



