次の電車が来るまでの数分間。結衣は静かに目を閉じた。

 脳裏に浮かんだのは、懐かしい声だった。




 ――「ねぇ結衣、こっち向いて。」
 ――「結衣、笑って。」



 懐かしい。
 でももう、遠い。



 新しい病院に勤めてから一年が経とうとしていた。


 仕事にも少しずつ慣れてきたけれど、夜勤の明け方や、ふとした空き時間に、あの人の名前が浮かんでしまう。



 「早瀬先生」。


 その名前を、声に出して言うことはもうない。
 でも、心のどこかに残るその響きは、まだ完全には消えない。