蝶々結び【完結】



 夜勤明け。

 朝の光がカーテン越しに差し込む休憩室。

 柚希が、カフェオレを片手にふわっと笑った。




 「ねえ結衣、陽向先生ってさ、なんか天然っぽくない?」


 「そうかもね。」


 「でも、あの笑顔反則だよね〜。なんか、つい許しちゃう感じ?」


 「はは……そうかもね。」



 柚希の何気ない言葉に、結衣の胸が少しだけざわつく。




 “つい許しちゃう”――まさにそれだ。



 「でもさ、結衣があんな真剣に注意してたの、ちょっと新鮮だったよ。
  陽向先生、結衣のことちょっと気にしてたよ?」



 「……気のせいでしょ。」


 「ほんとに? あの人、結衣の名前も覚えてたじゃん。」


 「業務上、当然じゃない。」



 言葉にトゲを混ぜてしまう。

 それ以上話すと、何かが溢れ出してしまいそうだった。



 柚希はそんな結衣の様子を見て、にやりと笑った。


 「ま、今に見てなって。春は恋の季節だよ~?」


 「……そういうの、もういいってば。」



 窓の外では、桜の花びらが舞っていた。

 その一枚が、ゆっくりと地面に落ちていく。




 ――この気持ちは、何なんだろう。


 あの人の笑顔を思い出すたび、胸の奥の糸が少しずつほどけていく。



 でも、結んではいけない。
 もう二度と。