駅のホームの風が、髪の短い襟足をやさしく撫でていく。


 電車が通り過ぎるたびに、線路の向こうで照明が少し揺れて見えた。


 橘 結衣(タチバナ ユイ)は、会社帰りの人たちに混ざって、ぼんやりとホームの端に立っていた。



 ふと、バッグの紐に手をやる。

 小さな蝶々結び。

 幼いころからこれが苦手だった。
何度やっても左右がずれて、母に「またほどけちゃうわよ」と笑われたのを、今でも覚えている。


 あの頃は、結び目がほどけても、もう一度結べばいいと思っていた。何度でも、きれいに。



 でも――大人になると、そうもいかない。
 人間関係の結び目は、ほどけたらもう二度と、元には戻らない。