美しい晴れ

 今日は、なんとも夏らしくない。

 入道雲の代わりに黒い雲。蝉の代わりに鬱陶しい雨音。太陽の居所なんて、皆目検討がつかない。

 そんな空の下、都会でも田舎でもない駅の前で、私はギターを持っていた。機材の1つもない、なんともちっぽけな路上ライブだ。

 ギターからは歪んだ音が響くし、小さな歌声はきっと誰にも届きはしない。顔を上げてもどれだけ見回しても、誰1人とも目が合わなかった。確かに私はここにいるのに、まるで幽霊にでもなったみたいだ。

 ギターケースはいつまで経っても、お腹を空かせて口を開けている。これで稼ごうと思っていたなんて、今思うと可笑しかった。

 だんだんと雨が強くなる。迎えの車に手を振る人。相合傘のカップル。幸せそうな姿ばかりが目についた。

 震えた手が落としたピックは、無抵抗に水溜りの底へ沈む。先を急ぐサラリーマンが、綺麗な革靴でそれを踏みつけた。

 そんな光景に、張り詰めていた糸がプツンと切れた。冷たい地面に倒れ込むと、寂しげなピックがこちらを見ている。溢れる涙は、降り続ける雨に流された。

「大丈夫ですか?」
 見知らぬ誰かの声に、私は見つけられた。いつぶりだろう、と思う。

 ついさっきまでは私の前を通り過ぎる1人でしかなかったのに、今彼女のつま先は確かにこちらを向いている。それが不思議だった。

 雨音が大きく耳に響いて、冷たい雨があっという間に体の芯まで冷やしていく。

 私はいつまでも体を起こそうとはせず、重たい瞼に従ってゆっくりと目を閉じた。