「お先に失礼しまーす」
私は定時ぴったりに仕事を切り上げ、駅に向かう。
ガラスの自動ドアを潜り抜けると、冬の空気が刺すように私を迎えた。
――明日はインナー1枚あった方がいいかも。
上着のチャックをそろそろと上げながらのろのろと歩いていると、駅のロータリーに『Reo』らしき人を見かけた。
ギターケースを背負い、青いチェック柄のレジャーシートをたたんでいる。
朝とは違い、一刻も早く帰りたかった私はそこを素通りして駅構内に逃げるように入った。
ICOCAで改札をくぐり抜け、3番ホームで電車を待つ。
ホームに電車がすべり込んでくる。電車の風圧で、髪やスカートがばたばたと暴れる。
扉が開き、電車が異物を押し出すように、ぞろぞろと人が出てくる。
私はその流れに逆らい、電車に乗り込んで椅子に座った。
電車のガラス窓には、疲れ切った顔の私が映っている。
ゆっくりと電車が動き出すと、その流れに乗って私も動く。電車が揺れれば、その姿も揺れる。
カバンを膝にのせてため息をつくと、カバンの中で何かがぶるっと震えた。
着信画面には『お母さん』の4文字。私はあたりの乗客に迷惑がかからないようにして、応答ボタンを押してスマホを耳に押し当てた。
「もしもし、千影。もうすぐ年明けだから、そろそろ帰ってきなさい」
「わかった。今電車の中だから、一回切るね。」
赤い切断ボタンを押すと、思わずため息がこぼれる。
私はInstagramを立ち上げ、リール動画を流し見ることにした。



