「速水さん」
休憩時間に入り、給湯室でお湯を沸かしてインスタントスープ片手にコンビニおにぎりを食べていると、同じ課の蓮見先輩が給湯室に入ってきた。
「蓮見先輩、お疲れ様です」
口の中のおにぎりがなくなったタイミングで、白い電子レンジに向かった先輩にいつものように声をかける。
「お疲れさまー。」
インスタントスープに入っていたペンネを口に運び、私は胸ポケットに入れていたあの大学生の名刺を取り出した。
白地に『怜央』という名前と、InstagramとTikTokのアカウントのQRコード、そしてメールアドレスだけが書かれたシンプルな名刺。
それをじっと見つめていると、静かな給湯室に電子レンジの温め終了の音が響いた。
先輩が、給湯室の白い机に平たいプラスチックの弁当パックを置いて私の向かいに座る。
箸の入ったプラスチックケースを開けようとした先輩が、私の手元の名刺に気づく。
「それ、名刺?…誰の?」
名刺を机に置いて、私はかいつまんで今日の朝の出来事を説明した。
「ここの最寄り駅のロータリーで路上ライブしてた男子大学生の名刺です。興味本位でもらって来たんです。」
「ほうほう…あ、イケメンじゃん。」
いつの間にか名刺を奪い取っていた先輩が、意気揚々とスマホの画面をこちらに向けてくる。
「ちょっと、近いです…」
ごめんごめん、と悪気のない謝罪をした先輩のスマホの画面をもう1度のぞく。
そこには、河川敷の草むらに腰かけてギターを持ったあの男子大学生――怜央がいた。
確かに先輩が言う通り、睫毛が長く、すっと通った鼻筋と薄い唇は『イケメン』だった。
「駅のロータリーにこんなイケメンいるんだ~。私自転車通勤だけど、明日から電車通勤にしよーっと」
先輩はごま塩が振られたおにぎりのゴマの部分をパクッと口に放りこんで、こともなげにそう言う。
先輩の冗談に、私は苦笑いを浮かべた。先輩のお弁当と、私のスープの匂いが漂う中、スマホの画面に映る怜央の姿が、まだ目の奥に残っていた。
湯気を上げるスープカップの上部を手で押さえると、手のひらがじわりと湿っていくのがわかった。



