愛しいセシリア

 ロンドンから遠く離れたこの荘園に、ようやくあなたに最もふさわしい季節がやって来ました。
 咲き誇る百合の香りや夏草を運ぶ風のざわめき、白く輝く雲。その一つ一つに、あなたの美しい姿や澄んだ眼差しや密やかな衣擦れの音が思い起こされて、私の心は千々にかき乱されています。

 お身体の具合はいかがでしょうか。少しは回復なさったでしょうか。
 あの日以来、私はあなたをお訪ねしなかったことをただただ悔やみ続けています。私は愚かな臆病者でした。世間の目や体裁を気にして、柄にもなく物分かりの良い男を演じて、あなたを見舞うことを先延ばしにしてしまった。あの時病に苦しむあなたの元に駆け付け、その白い手を握って、あなたのお心に寄り添って差し上げることをしなかった私は、なんという薄情で器の小さい男だったのでしょう。
 あなたは私を恨んでおいででしょうか、軽蔑なさっているでしょうか。ええ、そうでしょうとも。ですから次にお会いする時にはどうか、存分に私を責めて下さい。冷たい男、不実な意気地なしとなじり、気が済むまで私を鞭打って下さい。そして私を再びあなたの足元に(ひざまず)かせ、その靴に口づけて許しを乞う機会を与えて頂きたいのです。

 愛しいセシリア、私の光。あなたの健康と心の安寧のためになら、この私の命など、今すぐにでも死神に差し出すものを。

 私はおかしくなってしまったのでしょうか。恋とはこんなにも人を変えてしまうものだということを、私はあなたに出会うまで知りませんでした。……人は私のことを救国の英雄、軍神マーズの化身と呼びます。けれどそんな称号など見せかけのまやかしにしか過ぎぬことを、私はあなたと離れるたびに強く強く感じるのです。
 私はどこにでもいる一人の弱い男にすぎませんでした。数多(あまた)の戦場でどれほどの戦果を上げようが、将軍と呼ばれる立場になろうが、国王陛下から勲章を賜ろうが、そんな世俗の栄光になんの価値があるというのでしょう。そんなもの、あなたがいて下さらなければただの屑芥(くずあくた)に過ぎません。それほどまでに私の心は常にあなたを求めて疼いているのです。セシリア、私をこんなにも狂わせる罪深く美しい人よ。
 私はあなたがいて下さらなければ、あなたが微笑みかけて下さらなければ、今日一日を生きてゆくことすらできないただの情けない腰抜けなのです。

 ああ、あなたが病に伏せっておられると聞いたあの時の私の悲しみ、苦しみ、無力感……分かって頂けるでしょうか! それは炎に焼かれる、胸を焦がすなどという陳腐な言葉ではとうてい言い表せないほど熱く激しい地獄の苦しみでした。あなたの病の苦しみのすべてをこの身に引き受けることができると言われれば、私は喜んでこの身の全てを悪魔に売り渡すでしょう。

 いけない、ついあなたを想うあまり、肝心なことを忘れておりました。私の近況を少しばかりお伝えすることをお許し下さい。

 ありがたいことに私は先の海戦で負った傷も少しづつ癒えてきて、最近は短時間ですが天気の良い日に庭を散歩できるまでになりました。ああそう言えば、手紙の筆跡がいつもと違うことをご説明しておかねばなりません。実はまだ右手の怪我が治り切っておらず、長時間ペンを持つことが叶わぬゆえ、仕方なくこの手紙は然るべき者に代筆を依頼しました。でも身元のきちんとした者を雇いましたから、あなたとのお手紙のことを他人に口外される危険は一切ありません。そこはどうかご心配なく。それに怪我の具合も、こちらに療養のために戻って来た頃に比べれば各段に回復してきておりますから、近いうちに再び私自身のペンであなたへの想いを心のままに綴ることができるようになるはずです。

 あの日私が負傷したとの知らせに、あなたは涙を流して下さったとお聞きしました。私はなんと幸せで、そして罪深い男なのでしょう。……いいえ、いけません。私などのためにあなたがその清らかなお心を痛め、美しい瞳を曇らせるということなど、断じてあってはなりません。あなたはいついかなる時も喜びと幸福のみ存在する世界で、神の愛と祝福に包まれて微笑んでいなければならないのですから。

 もう少しだけ待っていて下さい。一日も早く健康を取り戻して、今度こそ正々堂々と胸を張ってあなたをお迎えに上がります。私が英国海軍にいる限り、何人(なんびと)たりとも大英帝国に手を出すことなどできません。今回の海戦で、侵略者ナポレオンもよくよく思い知ったことでしょう。少しはあなたの隣に立つに足る男になれたでしょうか。必ずお父上の許しを得て、あなたをこの腕に抱く夢を現実のものとします。あなたのその金色の髪に、アクアマリンの瞳に誓います、何度でも。

 ああ、ああ、あなたに会えないこの日々の苦しみは、まこと筆舌に尽くしがたいものです。なぜ神はわたしに恋などというものをお教えになったのでしょうか。
 この世にこんなにも甘美で切なく、身を焦がすほどの情熱と切り裂かれるような胸の痛みを伴う感情があったことを、私に知らしめた唯一人の存在、私のセシリア。
 美しいセシリア。私の女神、生きる歓び、そして私をその腕の中に捕らえて離さない、黄金の鳥籠。

 あなたに千回の口づけを送ります。

 願わくば時にはあなたからも、私へ口づけを送って下さいますように。多くは望みません。この手紙がお手元に届いたその夜、眠りにつく前のほんの一時(ひととき)だけで良いのです、私のことを思い出して下れば。それだけで私は十分に満足し、幸福の翼に包まれるのです。そしてどうかお返事を下さい。たった一言だけロバートと、私の名をしたためて下さるだけでも構いませんから。あなたの手から紡ぎ出された優しい言葉に包まれて眠りにつく安らぎを、どうかこの哀れな男に与えて頂きたいのです。
 気高く美しく、完璧なセシリア。あなたの存在こそが、私の希望の全てです。

 永久に変わらぬ愛をこめて。

 心からあなたを敬愛し崇拝する男、ロバート・グリーンウッドより