「どのようなお手紙でしょうか」

 書斎机に置かれたペンと便箋の前に座って、ジュリエットは将軍に声をかけた。将軍の何も映さない黒い瞳が宙をさまよう。どう話を切り出すべきか考えを巡らせていたのだろう。少し沈黙した後で、将軍はぽつりと言った。

「ある女性への手紙だ」
「え、それはつまり」
「……恋文だ」
「まあ」

 そうだったのか、と、ジュリエットは理解した。初めて将軍の手紙の朗読係を務めた日にも、他に手紙は来ていないかと遠回しに気にされていたけれど、そういう理由があったのね。想い人からの手紙を首を長くして待っておられたのだわ。それでは感情的になったり、取り乱したりされるのも無理はないでしょう。ジュリエットは驚きはしたが、それよりも今まで自分とは全く違う世界に住んでいる、手の届かない雲の上の人かのように思っていたグリーンウッド将軍の繊細で人間らしい一面に触れて、彼に対してそれまでとはどこか違った親しみを感じた。

「かしこまりました。閣下がお話しになる内容をそのまま代筆する形でよろしゅうございますか?」
「あ、ああ。それで構わない」

 ジュリエットは頷き、インク壺にペンを浸すと、少しきまり悪そうに寝椅子に腰かけている雇い主のほうを向いた。

「準備が整いました、閣下」

 ロバートは頷くと、胸に秘めた想いを語り始めた。ジュリエットはできるだけ便箋を汚さないよう、インクが跳ねないよう、細心の注意を払いながらペンを走らせた。

「愛しいセシリア……」

 三十分ほど経過して、ジュリエットはそっとペンを置いた。グリーンウッド将軍がためらいがちに訊ねた。

「おかしくないだろうか」
「美しいお手紙ですわ。閣下の想いが溢れていらっしゃいます」
「そうか。ありがとう。マーシャに渡してくれ。宛先は彼女が知っている。それから、明日の朝一番で出してくれと伝えてくれるか」
「かしこまりました。封をしてしまってよろしいですか?」
「ああ、頼む」

 ジュリエットは便箋を手紙の形に折りたたむと、ランプの火で封蝋を溶かし、便箋の合わせ目に垂らしてスタンプで封をした。そして静かに立ち上がると将軍にそっと声をかけた。

「お疲れになりましたでしょう。少しお休み下さいませ」
「……ああ、そうさせてもらおう」

 将軍が寝椅子に横たわり、こちらに背を向けたのを見届けて、ジュリエットはそっと廊下に出た。ふと気が付くと頬が熱かった。階段を降りながら、ジュリエットはたった今自分が便箋に綴った愛の言葉を、熱にうなされたかのように反芻(はんすう)していた。

(情熱的な恋文だったわ……このお手紙を受け取られる令嬢は、いったいどなたなのかしら……きっと、輝くばかりに美しくて高貴なお方なのでしょうね……そう、わたくしとは正反対の……)