あのカフェで話した「心臓移植」の話に私は樹と解散してからも考え続けていた。

樹が、心臓移植するなんて、と最初は考えていたけど登録しているドナーすら適合しないんだし、樹も適合なんか、って考えるようになりいつしか私は 「樹は絶対適合しない」と考えていた。

もし適合しても樹ならきっと大丈夫…直前で思いとどまってくれるよ。「私と生きて一緒にいたい」って言ってくれるはずだから… 少し暖かい日差しが差してる今日、ある事をしたくてある場所へと向かう。それはーー

「…樹の夢を叶えて下さい、お願いします。」

この町の神社は本殿が黒色で黒色は何色にも染められない…つまりどんな菌や誘惑にも負けない神社として有名な雨紅月神社。 ここにお願いしに来た人はなんでも叶うという噂もあった。だから私はここに足を運んだ、樹の夢が叶いますように、と、樹の夢が私のせいで壊れませんように…

「これ、ふたつ下さい」

私が受けたのは夢叶守というお守りで色はお揃いにできる 空色とピンク色。夢が叶うというお守りらしい。

「樹」

雲がある空を見上げながら樹の名前を呼びお守りをぎゅっと握りしめると心が勇気に満ち溢れてポカポカする。今日はもう帰ろうと思ったけどお守り買ったら樹に会いたくなって、バイト先へと向かう。

ーーチャリンチャリーン

「いらっしゃいませ!」
「…!いつ」

「…っ、!」

ー心臓に太い針が刺さったような、心臓を鷲掴みにされてるような、そんな痛み。

「…っ、うぅ」
手に持っていたお守りを離し、私は床に倒れる


「…!?千歳…っ!」

いつもとは違う発作で私はもうここで死ぬんだと思った…

「い、つき」
声にならない叫びを樹にかける。分かってくれる?私の想い…
「喋んな…もういいから、もうすぐで救急車来るから」

いつも頼もしいと思っていた樹の目は不安に揺れていて。いつも私を支えてくれるあの手が震えていて。

「…っ、」
全部が分からなくなっていた私は、樹の顔をそっとなぞる。
「こ、れおまも、り…っ」

「ば、か…こんな時まで僕のこと…」
樹にお守りを渡した直後に私の意識は途絶えた。



ーー途絶えた私の意識はどこへ行くのだろう…温かみを失った私の手はどこへ向くのだろう…私の想いは、どこへ消えてしまうのかな…?


「…っせ、千歳…!」
「…っ、おかあさ、さん」
「千歳、よかった」
「うん…本当に良かった」

よかったを何度も繰り返すお母さんと樹、それほど私の心臓は負に進み一刻一刻と、死に近づいているのだろうか。

「……」
コンコンとドアをノックする音が聞こえそのドアが開かれると菅原先生が立っていて…久しぶりに見る菅原先生はどこかやつれていて疲れているような、クマもすごいし寝ていないのかな?

「…千歳ちゃん」
「はい…」
菅原先生の持っている封筒をお母さんに手渡してもう片方で持っている何枚かの紙が挟まれたファイルを私に差し出す。

「読んでみて、お母さんもどうぞ」

ファイルに挟まれている紙は数枚程度でその1枚目は

【 椎名 千歳様 心臓移植 ドナー検査通過済 】
氏名:椎名 千歳 ( シイナ チトセ )
病名:ーーーー
ドナー:適合検査通過済 手術可
手術日:未定

「……っ!」
ーある人が適合検査を受けドナーになり心臓が変わるということだ…このプリントはそういうのを指している。

「こ、れは…いつき、が?」
「僕じゃない、なんか勇気が出なくって…後から検査しようと思ってたけど、先越されちゃった」

「樹じゃないなら…」
「樹と生きて一緒にいれる」その願いが叶ったんだー。

「おめでとう、千歳ちゃん」
「えぇ、お母さんと一緒に頑張りましょうね」
「千歳、僕が一緒にいるからね」

みんなの笑顔がそこにあって、みんなのホッとした顔がそこにあって…。

「うんっ」

そこから沢山話し合いや検査を重ねドナーやドナーの家族にもお礼を言い 手術日が決まった。手術日は12月16日に決まった…そこからの私はなにをして何を思っていたのか思い出せなくて、それほど移植に緊張しているのかな。でもやっと樹と一緒に居れる。



「ー千歳」
「あ、樹どうした…の」

ーー触れるだけの軽いキスは口を通して全身に熱が行き火照っているのが分かった。

「、樹…」
「…これ、ありがとうな」
樹が持っていたのは私が受けたお守りで夢を叶えてくれるという魔法のお守り。樹はこれを顔の横に持ってって白い歯を見せてくれるほどの眩しい笑顔だった

「好きだよ、いつき」

「 千歳の病気が治ったら付き合う 」あの約束、君は覚えていますか?まだ、私と付き合ってくれるのかな…?なんて、不安が何度も頭をよぎって顔を火照らせる。

「千歳」
ーー君は優しく微笑んで、私の手を取る。

「僕、約束覚えてるよ」
ヤクソク…それは「治ったら付き合う」私の心臓は樹に向かっていて、治ろうとしていた。

「…っ、樹」
「樹っ」
意味は無いけど、好きな人の名前だからだろうか、沢山呼びたい、沢山声に出したい、

「そんなに呼ばなくても、もう届いてるよ」
「…っ」

「…いつき」
「うん、」
「樹…すき」

「ははっ、僕も」
白い歯を見せ優しく私に笑ってくれる。そうしてまた樹の顔が近付きキスをする。会えなかった空白や今までの不安を取り除くうに何度も……。

ー2人は幸せに満ちていてしあわせの道を歩もうとしていた私は、病気から抜け出せるんだ。入院生活もこれでおしまい。樹にあげたお守りは樹のよく使うバッグにかけられていて、私もよく使うバッグにかけていた。夕方の茜色に照らされたお守りはキラキラと輝いているような気がしてー。



「じゃあ、僕もうそろそろ帰るね」
「うん、こんな時間までありがとう!」
「全然!また明日も来るから、じゃあ」
「うん……」

明日も来てくれるから寂しくない、明日も声が聞けるから大丈夫…でもやっぱり。面会が終わったあとの時間は嫌い、面会が終わって1人になる時間が嫌いで、検査を告げる先生の声が嫌いだ。それでもー、いい結果を知らせる先生の嬉しそうな顔は好き…樹や先生の、お母さんの…ホッとしたような安心した顔も好き。でも…私は自分を苦しめるこの病魔が1番嫌い


「手術、成功しますように…。」
茜色に染まる夕焼け空に何度もそうお願いをする。
「…夢、叶えてくれるんでしょ?」

お守りにそっと声をかけて夕焼け空にまた目をやると願いが本当に叶うような気がしたんだ。ピンク色のお守り、手の中に閉じ込めて握りしめて何度も願いごとをしていたら疲れたのかそのまま私は眠ってしまった。


その日ー私は楽しくて幸せな夢を見た。入院生活からやっと解放されて樹と同じ制服を同じ学校に行って、元気に走り回ってて、動物園や水族館をデートしている夢だった…いつかこれが現実になるかもしれない、私の心はウキウキしていた…。

『樹!イルカのショー始まっちゃうから早く!!』
『もう、そんな走らなくてもすぐ行くから』

笑いながら手を繋ぎながら、他愛ない話をしながら…君とデートしていた夢。




「ー千歳、お母さんね千歳の荷物1回持って帰ったじゃない?その時にこれ、バッグの中にあったわよ。」

「お守り…?ありがとう」
「夢叶守って夢を叶えてくれるお守りでしょ?大切にしなきゃ」
「…うん」

「それより…手術来月よね、緊張するわ」
「私なら…大丈夫だよ」
「うん、そうね…」
「そういえば、お父さんいつ来るの?」
「今日の夜来るって」

「そっか、わかった」
「樹くんのこと、言わなくていいの?」
「……」

ー手の中にあるお揃いのお守りに目をやる。私たちなら大丈夫だよね?

「言うよ、認めてもらう」
「わかった、じゃあお母さん帰るわね」
「うん、気を付けてね」

そう言い病室を後にしたお母さん。お守り、ちゃんと結んだと思ったのに取れるなんて…なんだか縁起が悪いな。

ーーーコンコン

「はい」
「千歳ちゃん」
「菅原先生…どうしたんですか?」
「調子どうかなって」
「元気ですよ、でも私よりお母さんの方が手術心配してて」

「はは、そうなんだね、でも安全性は高いから安心してね」
「ふふ、ありがとうございますっ」
「いえいえ、じゃあまたね」
「はいっ」


ーーーコンコンッ 今日は来客が多い日だな…

「はい、どうぞ…って樹?」

2人を繋ぐお守りはお互いのバッグにかけられていて

「…今日ねここに私のお父さんが来るの」
「うん…?」
「樹も、会わない、かな…?」
「…!」

ーー窓が少し開いてる私の病室は寒くて緊張が通っていた。

「…会うよ」
「…!うんっ」

「久しぶりに屋上行く?」
「行きたい!」


そうして私たちは屋上に行き空を見ながら色んな話をしたー

「千歳」
「うん?」
「…生まれてきてくれてありがとう」
「…っ」
ー青い空の下でそんな甘い言葉で囁いてくれる樹…私に病気が無かったら発作で迷惑かけたり病院まで足を運ぶこともない…でも私たちがであったキッカケは間違いなくあの本で病院だった。

「私と出会ってくれて、ありがとう…」
ねぇ、樹ーー。この出会いが「運命」でも「必然」でも無いんだとしたらこの出会いは…。貴方と出会って元々弱かった心臓はもっと弱くなって貴方を見つめる度にドキドキって心臓がうるさいんだよ。君は知ってる?私がどれだけ樹のことが好きか…

「…キス、していい?」
「…、う、うん」

「……」
空ひとつない快晴の下で、私たちは唇を何度も重ねるー。
「……だいすき」
たまには、言わせてね。

「…っ、僕も」
私は幸せだなぁ、もう心臓なんて要らないくらい私の心臓は満ち溢れている。このまま空高くどこかへ行けたらなぁ


そうして数時間の時が経ち病室に戻り樹は家に帰った。面会が終わったあとの時間で1人になるからどうしても寂しいんだよね、病院にある本は読み飽きたし誰かと話したくても病院の先生は忙しそうにどこかを駆け回ってお母さんもお父さんも仕事だし樹は学校があるし。

「…私って何も無いんだな」
ーーー本当に私には「何も無い」と思う。そうしてまた1人屋上へ行く。屋上のドアを開ける、どんなに辛くても一人ぼっちでもこの限りなく続いてる青い空を見ればいつだって私の心は強く微笑んでいた。


「ねぇ…」

私、大丈夫だよね?ー私、病気なんかに負けないよね?樹なら大丈夫ってきっと言ってくれて、隣にいてくれるはず。私は…こんなにも樹を求めている。青い空は澄んだ空気をしてて、白い雲はゆっくりと動いている。それだけでいい、私は澄んだ空気を飲み込むだけでいい…

『 クマさん、好きだよー。』
ウサギさんが言っていた言葉を口に出すと何故か安心できるんだよね。…そうして時間が経ち夜になった。



「千歳、久しぶりだな、どうだ?元気してたか?」
「お父さん、お久しぶり!私は元気してたよそれより出張どうだった?」

久しぶりに会った父は私の記憶にあった数ヶ月前の父の姿じゃなくて…なんだか疲れていてクマも酷くて、余程仕事が忙しいのだろうか

「千歳に会いたかったのに出張のせいで…中々行けなくてごめんな?でもお母さんから色々聞いてる、来月手術なんだろ?俺の愛する娘の体に…あぁっ刃物が…っ」

「お父さん、気持ち悪い…」
「え」
「ふふふっ」

これが私の家族で、いつもうるさくて賑やか…安心するいつもの日常が帰ってきたみたいで私はなんだか涙が溢れ出てくる

「…、っ」
「ち、ち、千歳…なにかあったのか!?」
「ううん、なんだか安心して…っ、」

そう言うとお父さんは何も言わず手を差し伸べ撫でてくれた。ホッとしたけど不安にもなった。小さい頃の記憶が蘇って…あんなに大きくてゴツゴツした手はいつの間にか小さくなったような気がして…私が大きくなったからなのかな?お父さんが歳をとっただけ…?

「…千歳なら大丈夫だ」
「お父さん…」
「えぇ、私も応援してるわ」
「お母さん…」

優しく微笑んでくれるお父さんとお母さん… 私はーー独りじゃない、1人じゃない。樹も、お父さんもお母さんも、菅原先生も…居る。私は、来月に迫っている手術を…待っていた。


ーーーコンコン ノックが病室に響く。

「あ、樹…」
「あ、えっと…」
「…誰だ」

樹の顔を見た瞬間ニコニコしていた父の顔がムスッと真顔に変わり私にそう言う

「えっ、と…」
言葉に詰まっていると樹が恥ずかしそうに口を開きこう言う
「千歳さんと、付き合って、ます…っ」
「…っ!」

お互い付き合うのは私の病気が治ってからって話だったのに付き合ってるって嘘ついて私の傍に居ようとしてくれる…そんな樹が好き。

「ち、千歳…おまえ…っ」
「ちょっとやだ、何泣いてんのよあなた」
「ふふ」

やっと泣き止んだお父さんは樹に近付き 千歳をよろしく頼んだ とまた涙目になりながら言うー。

「…はい、一生幸せにします」
「樹…」
「お父さんヤキモチ妬いちゃうわよっ」
「…ふん」

私の病室は暖かく包まれていて、まるで病気とかないみたいに私に接してくれる。手術、頑張らないと。