ー心臓に太い針が刺さったようにズキズキと痛む
苦しい、痛い、死ぬかもしれない、そんな不安が常にあった…いつ死んでもいいように心の準備はしてたつもりだった。いざ死を目の前にするとー私は何も出来なかった。
「っは、」
息ができない、苦しい、くらくらする…
この痛みや不安をどこにぶつければいい…?
「…っうう」
「…っ、…はぁ」
声にならない空気を空にぶつける
「ち、とせ、…っ、しっかりしてよ!」
樹の声を最後に私は意識を手放したー。
目を開け一番に映ったものは心配そうに私の顔を見るお母さんとなんとも言えない菅原先生の姿だった。くるりと自分が動かせる範囲で首を動かすと次に見えたのは目を真っ赤にし泣いている樹の姿がいた。私と目が合うと樹は驚いたように目を見開き零れてた涙をゴシゴシと腕で拭き取る。
「千歳…!」
涙を我慢しながら言うお母さんの顔に私は不安を覚えた。
ー『きっともう長くない』みんなの顔と雰囲気がそう言わせた
「ちと、せ…っ、ごめ、ぼく守れなかっ、た…っ」
大粒の涙を流し私にそう言う樹に私は何も言えず、菅原先生はさっきからなにか言いたそうにお母さんと私を交互にチラチラと見てる。
「……」
皆が悲しい顔をして涙を流しているのに私は黙ってることしか出来なくて。みんなに「迷惑」かけてる自分が大嫌いで、そんな気まずい沈黙を破ったのは菅原先生だった。
「…今から大事な話を3人でするから樹くんはここで待っててね」
「…っ」
『大事な話』『3人で』私は分かってしまったー。
これから何を言われるか、自分がどんな状態にあるのか
知りたくなくても知らないといけない。目を背けてはいけない
「…わか、りました…。」
樹はソファへ腰掛け、菅原先生はお母さんを真っ直ぐみる
「…あの?」
これから私はどうなってしまうのだろうか。この病室を出て大事な話を切り出される部屋へと入って何かを告げられたら…私は私じゃなくなってしまうと、そんな予感がした。
みんな黙っていたけど沈黙の中また口を開いたのは菅原先生で
「…大切な、お話があります。」
「今回千歳さんが起こした発作は一時的な呼吸困難です。今は投薬で落ち着いていますが次に酷い発作を起こしたり3度、4度と何度も起こすと心臓に負担がかかります。」
菅原先生から発せられる言葉は聞こえていて理解していると思っていたけど一言、また一言と声が重なる度に私はどんどん下を向いていった。頭が理解したくないと、耳が聞きたくないと、叫んでいるような気がしたけど自分のことだから聞かないといけなくて…どこにもぶつけれない絶望を手を握りしめて我慢する。
「今回は一時的な発作で幸い軽い呼吸困難でしたが思ったより心臓に負担がかかっており今後の発作、千歳さんの身体状況では投薬は難しいと判断します」
ーードクッ
背筋が凍るような鼓動の音がした。なに、それ?投薬は難しい?ねぇ、私まだ高校生だよ…?こんなのって、ないよ…っ
頭の中では分かっている言葉…でも私が理解をしたくない。
耳を塞ぎたくなるような絶望感、心臓がうるさい不安感、生きたいと願う気持ち、私は全部出してしまいたかった
「… それで、あの子はどうなるんですか?」
ゴクッと喉を鳴らし菅原先生にそう聞くお母さんの目には涙が溜まっているような気がした。
「このままドナーが見つからないと…死亡する確率が格段に増えます」
「…… 死亡する、確率…?」
ここでやっと私は言葉を発した、というより理解が追いつかず無意識に口に出たのだろう。
『死亡する確率が格段に増える』思ってもみなかった言葉で私が死ぬなんて思いもよらなかった…でも全部きっと嘘だよね
「…っ!!どうにかならないんですか…!?」
「…申し訳ありません」
繰り返される菅原先生と母の会話。菅原先生が母に謝った直後椅子に座ってた母は崩れ落ちて土下座するみたいな形に先生の服を持ちお願いしますと何度も嘆き泣いていた。母はいつも強いと思っていたからこそ母のこの行動はびっくりした。
「…っ、うぅ」
「…ふ、っ」
泣くのも走るのも心臓に悪いと知っているー。でも泣かずには居られなかった、涙を流さずにはいられなかった、沢山泣いて、終わらせようー。
ーでも、どれだけ泣いても止まっていてもその事実は消えてくれない。そんな私たちに追い打ちをかけるように…
「…ドナーが見つかって生存する確率は60%」
「ドナーが見つからずに死亡する確率が40%…」
この世界に神様が居るとしたらどうして病気なんか作ったのと聞きたい。病気があっていい事なんかひとつも無い、あるとしても苦しむ人たちの数には及ばない。どうして…病気は私の選んだのだろう…。1つ零れた本音は止まらなく次から次へと涙とともに零れていく。
「… 今はまだ投薬で何とかなっています…ですが無理は絶対許されない状況です、諦めずに強く頑張りましょう。」
絶望に落とされた私たちを見て菅原先生は慰めの言葉をかけてくれるがもう遅い。この絶望と病魔に染まった脳と体で今更慰めをかけてもらっても私はもう何も思わない。
「…っはい、千歳、頑張りましょうね」
そこでやっと我を取り戻したのだろうか…お母さんが私にそう微笑み言った。
「……うん」
もう私にはこれしか道が残ってない。
そうしてあれからたくさんの話を聞き病室に戻るとソファに座っていた樹がいた。
「おかえり、遅かったね」
樹のなんでもない笑顔を見ると何故か私は自分の頬に暖かいものが伝うような気がした。
「…どうしたの?」
元気の無い私、涙を流している私を見て樹はそう声をかけ私に近寄ってくる樹の姿にさえ私はなんだかホッとしていた。
胸に手を当てるー。ドクドク音がなる、私は生きている
「……っ」
樹に説明しようと口を開くが…どこから説明すればいいのか分からず私はただ涙を流しながら樹を見ていた。
「…千歳?」
待たせてごめん、不安にさせてごめん、泣いてごめん。色んなごめんが君にぶつかる、開いた口を閉じもう一度開く、言葉を出すために…。
「今回起きた発作、が…思ったより心臓に負担かかるらしく、て…っ」
頑張って出した言葉は嗚咽を堪えきれず私は床に涙を落とした。ねぇ、樹…私生きたいよ、どうして私なの…。
「…っ、千歳」
見ると彼も涙ぐんでいて…あぁ、そんなふうに人の悲しさに寄り添える人なんだと。
「ドナー見つかって生きる確率が60%、…ドナー見つからないで死亡する確率が40%…って」
菅原先生に言われたことをそのまま樹にも言う、半分は行ってないもののやや高い確率に私は涙を堪える…もうこれ以上泣きたくはなかった。…けど
「っふぅ、ぐすっ…」
気付いたらいつの間にかまた涙が流れていた。その悲しみを無くすかのように樹はさらに私に近づきそっと抱きしめてくれた…まるで僕はそんな顔させないと言っているかのように…。
「泣かないで…僕が医者になって千歳の病気治すから」
「…っ」
「大丈夫…僕が必ず治してあげる。」
震える私の手をそっと握ってくれた樹、『必ず治す、大丈夫』と言って勇気づけてくれた樹、いつも私のそばに居てくれて勇気と温かさをくれたのは樹で私はそれにいつも助けて貰っていたのに何一つお礼ができてない。
「… いつ、き…っ」
「千歳、大丈夫だから…ゆっくり話して」
どうして彼はこんなに暖かいのだろう、どうしてこんなに優しさに包まれているのだろう…。でもそう言っている樹も目が震えて今にも泣き出しそうな顔をしていて私の手に重なった樹の手はどことなくいつもより冷たくて震えていた。
私のために無理して『大丈夫』って言ってくれているんだ、その樹の気使いや優しさが嬉しかった。でも60%でも40%でも私は大丈夫、家族も樹もいるからー。
「はい、これ」
お互い泣きやみ落ち着いたところで樹から絵本を差し出された。絵本というのは子供が読むようなイメージがあるが最近は大人でも読める絵本が売られていると言う。私にくれたのは大人でも読める絵本で 『 ボクが君を助けるから 』というタイトルの絵本だった。
「……これ、は?」
「…読んでみて」
樹の声を合図に本をあけてページをめくると、私と同じように心臓が弱いウサギさんが描かれていて闘病生活を送っていた時にクマさんと出会いクマさんが医者になりその病気を治すという物語だった。ありそうでない絵本で、私はその絵本の世界に入っていた。
「…この絵本と同じように僕が助ける」
「…っ」
「…… キミがこの病気を完治したらお嫁さんになってくれる?」 恥ずかしそうに私の目を見てそう言う樹。
樹の言っているセリフはあの絵本の中のキャラクター、クマさんがウサギさんに当てた言葉だった
「…完治できたのならね」
ウサギさんと同様そのセリフを言うこの時間は何故か安心できた。ーーそれから1週間、2週間、と時間が経ち私はその間も樹と仲を深めた。
「今日も屋上行ってきます」
「行ってらっしゃい」
この会話が、あの屋上に行くことが私の日課となっていた。屋上にはいつも階段を使う。最近は階段を少し登っただけで息切れするから疲れるな… いつも通り階段を登ろうとすると足が滑りそのまま床に倒れそうになる私…痛みを覚悟して待っていたがなかなか痛みが来ることはなく。
「…っ」
「…!!」
「よかった、間に合った…大丈夫か?」
「は、はい…っありがとうございます」
「はは、これからは気を付けてね」
そう遠ざかる先生の背中を見送り屋上への階段を登ろうとすると、なにかが落ちていた
「…ん?これは?」
さっき私を助けてくれた先生のネームプレートが落ちていて、落ちそうになった私を助けた時に落ちてしまったんだろう。
「朔摩、先生か…」
「ーこれ!落としましたっ」
「あ、これ…ありがとう」
「…いえっ」
忙しいとは分かってるけどどうしても質問をしたかった
「朔摩先生って…樹、樹くんのお父さんですか?」
「樹のこと…知っているのか?」
「は、はい…いつも樹くんと仲良くさせてもらってますっ」
「椎名千歳といいます…」
「ははっ、そんなかしこまらなくていいよ。そうか…君が千歳ちゃんか」
「え、私のことを知ってたみたいな…」
「あぁ知っていたよ、樹がいつも話していたからね」
「… 私がこの職業だから樹も自然とこの職業を引き継ぐと言っていてね…でもあんまり乗り気じゃないような気がしたんだが最近の樹は 治したい病気があるから僕が医者になるんだ って勉強張り切っているんだよ」
「そ、そうなんですか…」
『治したい病気』というのは私の病気のことだろうか…?
「千歳ちゃん、樹を、よろしく頼んだよ」
「へ…!?」
「君が思っている以上に樹は君のことを気にかけているんだ」
「……」
「お、っと失礼。私は会議があるからここで失礼するよ」
「あ、はいっ、ありがとうございました」
そうして朔摩先生 ー樹のお父さんは奥の会議室へと行った。
「屋上、行こっと」
屋上に続くドアをガチャリと開ける。空は毎日同じような天気じゃなくて、昨日は快晴だった代わりに今日は灰色の空だった
目を瞑り風を感じるー、透き通る風が少し冷たくて…。
「早いね、もう来てたんだ?」
「…樹、さっきね、樹のお父さんと会ったの」
「え?僕のお父さんと?なんか言ってた?」
「さっき私が階段踏み外しちゃって落ちそうなところを助けてくれたの。そのとに樹のお父さんが、医者になりたいってこともその理由も」
「……」
「……樹、ありがとうね」
こんな私のためにそばに居てくれて、なんて言うつもりは無い、ただ素直に感謝を伝えたかった。
「…僕の方こそ、夢を持たせてくれてありがとう」
ーお互い自然に体の距離が縮まり日陰の集まったアスファルトの上、お互いの手が重なり合っていたー。
「……」
「…っ」
ドキドキと鼓動がうるさいのは病気のせいなんかじゃない。不安な私の隣にずっと居てくれて、優しい言葉を使って慰めてくれて、私の病気を治そうとしてくれて。最初は 同じ本が好き ってだけの接点だったのにいつしか樹が特別になっていた… これ以上樹を好きになれば間違いなく私の鼓動はもっとうるさくなるのに…止められないこの気持ちはどうしたらいいの?
「いつー」
「僕ね、医者になる」
「え?」
「頑張って医者になって千歳の病気治すから…っだから」
重なり合ってる樹の手により一層力が込められる、いつもの優しさも残しつつ熱い気持ちがこの手から伝わる。
「…好きだ、千歳」
ーー甘く、温かく、そっと静かに弾けた。
「…だから、僕にその命預けて」
ーー弾けたこの想いの行方はどこだろう、必死に探して、それでも君しか居ないと叫んだ…
「う、ん…っ」
灰色だった空が再び青色へと光を差していく。樹も、私も、お互い重なって握られた手に力を入れる、また自然とゆっくりお互いの顔が近づいていく。これからキスするんだってことを理解するのにはそう時間は要らなかった。キスしてる間、私は病気なのに、もうすぐ死ぬ運命なのに、いいのか?、と考えていたが離れていく唇を追いかけ、さっきより少し深いキスをする
ー私たちは『友達』だ。付き合うのは私の病気が治ってからと約束をした。
「千歳」
愛おしそうに、恥ずかしそうに、私の名前をそっと呼ぶ樹…
「樹…」
そんな樹に合わせて私もそっと名前を呼ぶー。
この幸せな時間がいつまでも続いていけばいいと思っていた。
苦しい、痛い、死ぬかもしれない、そんな不安が常にあった…いつ死んでもいいように心の準備はしてたつもりだった。いざ死を目の前にするとー私は何も出来なかった。
「っは、」
息ができない、苦しい、くらくらする…
この痛みや不安をどこにぶつければいい…?
「…っうう」
「…っ、…はぁ」
声にならない空気を空にぶつける
「ち、とせ、…っ、しっかりしてよ!」
樹の声を最後に私は意識を手放したー。
目を開け一番に映ったものは心配そうに私の顔を見るお母さんとなんとも言えない菅原先生の姿だった。くるりと自分が動かせる範囲で首を動かすと次に見えたのは目を真っ赤にし泣いている樹の姿がいた。私と目が合うと樹は驚いたように目を見開き零れてた涙をゴシゴシと腕で拭き取る。
「千歳…!」
涙を我慢しながら言うお母さんの顔に私は不安を覚えた。
ー『きっともう長くない』みんなの顔と雰囲気がそう言わせた
「ちと、せ…っ、ごめ、ぼく守れなかっ、た…っ」
大粒の涙を流し私にそう言う樹に私は何も言えず、菅原先生はさっきからなにか言いたそうにお母さんと私を交互にチラチラと見てる。
「……」
皆が悲しい顔をして涙を流しているのに私は黙ってることしか出来なくて。みんなに「迷惑」かけてる自分が大嫌いで、そんな気まずい沈黙を破ったのは菅原先生だった。
「…今から大事な話を3人でするから樹くんはここで待っててね」
「…っ」
『大事な話』『3人で』私は分かってしまったー。
これから何を言われるか、自分がどんな状態にあるのか
知りたくなくても知らないといけない。目を背けてはいけない
「…わか、りました…。」
樹はソファへ腰掛け、菅原先生はお母さんを真っ直ぐみる
「…あの?」
これから私はどうなってしまうのだろうか。この病室を出て大事な話を切り出される部屋へと入って何かを告げられたら…私は私じゃなくなってしまうと、そんな予感がした。
みんな黙っていたけど沈黙の中また口を開いたのは菅原先生で
「…大切な、お話があります。」
「今回千歳さんが起こした発作は一時的な呼吸困難です。今は投薬で落ち着いていますが次に酷い発作を起こしたり3度、4度と何度も起こすと心臓に負担がかかります。」
菅原先生から発せられる言葉は聞こえていて理解していると思っていたけど一言、また一言と声が重なる度に私はどんどん下を向いていった。頭が理解したくないと、耳が聞きたくないと、叫んでいるような気がしたけど自分のことだから聞かないといけなくて…どこにもぶつけれない絶望を手を握りしめて我慢する。
「今回は一時的な発作で幸い軽い呼吸困難でしたが思ったより心臓に負担がかかっており今後の発作、千歳さんの身体状況では投薬は難しいと判断します」
ーードクッ
背筋が凍るような鼓動の音がした。なに、それ?投薬は難しい?ねぇ、私まだ高校生だよ…?こんなのって、ないよ…っ
頭の中では分かっている言葉…でも私が理解をしたくない。
耳を塞ぎたくなるような絶望感、心臓がうるさい不安感、生きたいと願う気持ち、私は全部出してしまいたかった
「… それで、あの子はどうなるんですか?」
ゴクッと喉を鳴らし菅原先生にそう聞くお母さんの目には涙が溜まっているような気がした。
「このままドナーが見つからないと…死亡する確率が格段に増えます」
「…… 死亡する、確率…?」
ここでやっと私は言葉を発した、というより理解が追いつかず無意識に口に出たのだろう。
『死亡する確率が格段に増える』思ってもみなかった言葉で私が死ぬなんて思いもよらなかった…でも全部きっと嘘だよね
「…っ!!どうにかならないんですか…!?」
「…申し訳ありません」
繰り返される菅原先生と母の会話。菅原先生が母に謝った直後椅子に座ってた母は崩れ落ちて土下座するみたいな形に先生の服を持ちお願いしますと何度も嘆き泣いていた。母はいつも強いと思っていたからこそ母のこの行動はびっくりした。
「…っ、うぅ」
「…ふ、っ」
泣くのも走るのも心臓に悪いと知っているー。でも泣かずには居られなかった、涙を流さずにはいられなかった、沢山泣いて、終わらせようー。
ーでも、どれだけ泣いても止まっていてもその事実は消えてくれない。そんな私たちに追い打ちをかけるように…
「…ドナーが見つかって生存する確率は60%」
「ドナーが見つからずに死亡する確率が40%…」
この世界に神様が居るとしたらどうして病気なんか作ったのと聞きたい。病気があっていい事なんかひとつも無い、あるとしても苦しむ人たちの数には及ばない。どうして…病気は私の選んだのだろう…。1つ零れた本音は止まらなく次から次へと涙とともに零れていく。
「… 今はまだ投薬で何とかなっています…ですが無理は絶対許されない状況です、諦めずに強く頑張りましょう。」
絶望に落とされた私たちを見て菅原先生は慰めの言葉をかけてくれるがもう遅い。この絶望と病魔に染まった脳と体で今更慰めをかけてもらっても私はもう何も思わない。
「…っはい、千歳、頑張りましょうね」
そこでやっと我を取り戻したのだろうか…お母さんが私にそう微笑み言った。
「……うん」
もう私にはこれしか道が残ってない。
そうしてあれからたくさんの話を聞き病室に戻るとソファに座っていた樹がいた。
「おかえり、遅かったね」
樹のなんでもない笑顔を見ると何故か私は自分の頬に暖かいものが伝うような気がした。
「…どうしたの?」
元気の無い私、涙を流している私を見て樹はそう声をかけ私に近寄ってくる樹の姿にさえ私はなんだかホッとしていた。
胸に手を当てるー。ドクドク音がなる、私は生きている
「……っ」
樹に説明しようと口を開くが…どこから説明すればいいのか分からず私はただ涙を流しながら樹を見ていた。
「…千歳?」
待たせてごめん、不安にさせてごめん、泣いてごめん。色んなごめんが君にぶつかる、開いた口を閉じもう一度開く、言葉を出すために…。
「今回起きた発作、が…思ったより心臓に負担かかるらしく、て…っ」
頑張って出した言葉は嗚咽を堪えきれず私は床に涙を落とした。ねぇ、樹…私生きたいよ、どうして私なの…。
「…っ、千歳」
見ると彼も涙ぐんでいて…あぁ、そんなふうに人の悲しさに寄り添える人なんだと。
「ドナー見つかって生きる確率が60%、…ドナー見つからないで死亡する確率が40%…って」
菅原先生に言われたことをそのまま樹にも言う、半分は行ってないもののやや高い確率に私は涙を堪える…もうこれ以上泣きたくはなかった。…けど
「っふぅ、ぐすっ…」
気付いたらいつの間にかまた涙が流れていた。その悲しみを無くすかのように樹はさらに私に近づきそっと抱きしめてくれた…まるで僕はそんな顔させないと言っているかのように…。
「泣かないで…僕が医者になって千歳の病気治すから」
「…っ」
「大丈夫…僕が必ず治してあげる。」
震える私の手をそっと握ってくれた樹、『必ず治す、大丈夫』と言って勇気づけてくれた樹、いつも私のそばに居てくれて勇気と温かさをくれたのは樹で私はそれにいつも助けて貰っていたのに何一つお礼ができてない。
「… いつ、き…っ」
「千歳、大丈夫だから…ゆっくり話して」
どうして彼はこんなに暖かいのだろう、どうしてこんなに優しさに包まれているのだろう…。でもそう言っている樹も目が震えて今にも泣き出しそうな顔をしていて私の手に重なった樹の手はどことなくいつもより冷たくて震えていた。
私のために無理して『大丈夫』って言ってくれているんだ、その樹の気使いや優しさが嬉しかった。でも60%でも40%でも私は大丈夫、家族も樹もいるからー。
「はい、これ」
お互い泣きやみ落ち着いたところで樹から絵本を差し出された。絵本というのは子供が読むようなイメージがあるが最近は大人でも読める絵本が売られていると言う。私にくれたのは大人でも読める絵本で 『 ボクが君を助けるから 』というタイトルの絵本だった。
「……これ、は?」
「…読んでみて」
樹の声を合図に本をあけてページをめくると、私と同じように心臓が弱いウサギさんが描かれていて闘病生活を送っていた時にクマさんと出会いクマさんが医者になりその病気を治すという物語だった。ありそうでない絵本で、私はその絵本の世界に入っていた。
「…この絵本と同じように僕が助ける」
「…っ」
「…… キミがこの病気を完治したらお嫁さんになってくれる?」 恥ずかしそうに私の目を見てそう言う樹。
樹の言っているセリフはあの絵本の中のキャラクター、クマさんがウサギさんに当てた言葉だった
「…完治できたのならね」
ウサギさんと同様そのセリフを言うこの時間は何故か安心できた。ーーそれから1週間、2週間、と時間が経ち私はその間も樹と仲を深めた。
「今日も屋上行ってきます」
「行ってらっしゃい」
この会話が、あの屋上に行くことが私の日課となっていた。屋上にはいつも階段を使う。最近は階段を少し登っただけで息切れするから疲れるな… いつも通り階段を登ろうとすると足が滑りそのまま床に倒れそうになる私…痛みを覚悟して待っていたがなかなか痛みが来ることはなく。
「…っ」
「…!!」
「よかった、間に合った…大丈夫か?」
「は、はい…っありがとうございます」
「はは、これからは気を付けてね」
そう遠ざかる先生の背中を見送り屋上への階段を登ろうとすると、なにかが落ちていた
「…ん?これは?」
さっき私を助けてくれた先生のネームプレートが落ちていて、落ちそうになった私を助けた時に落ちてしまったんだろう。
「朔摩、先生か…」
「ーこれ!落としましたっ」
「あ、これ…ありがとう」
「…いえっ」
忙しいとは分かってるけどどうしても質問をしたかった
「朔摩先生って…樹、樹くんのお父さんですか?」
「樹のこと…知っているのか?」
「は、はい…いつも樹くんと仲良くさせてもらってますっ」
「椎名千歳といいます…」
「ははっ、そんなかしこまらなくていいよ。そうか…君が千歳ちゃんか」
「え、私のことを知ってたみたいな…」
「あぁ知っていたよ、樹がいつも話していたからね」
「… 私がこの職業だから樹も自然とこの職業を引き継ぐと言っていてね…でもあんまり乗り気じゃないような気がしたんだが最近の樹は 治したい病気があるから僕が医者になるんだ って勉強張り切っているんだよ」
「そ、そうなんですか…」
『治したい病気』というのは私の病気のことだろうか…?
「千歳ちゃん、樹を、よろしく頼んだよ」
「へ…!?」
「君が思っている以上に樹は君のことを気にかけているんだ」
「……」
「お、っと失礼。私は会議があるからここで失礼するよ」
「あ、はいっ、ありがとうございました」
そうして朔摩先生 ー樹のお父さんは奥の会議室へと行った。
「屋上、行こっと」
屋上に続くドアをガチャリと開ける。空は毎日同じような天気じゃなくて、昨日は快晴だった代わりに今日は灰色の空だった
目を瞑り風を感じるー、透き通る風が少し冷たくて…。
「早いね、もう来てたんだ?」
「…樹、さっきね、樹のお父さんと会ったの」
「え?僕のお父さんと?なんか言ってた?」
「さっき私が階段踏み外しちゃって落ちそうなところを助けてくれたの。そのとに樹のお父さんが、医者になりたいってこともその理由も」
「……」
「……樹、ありがとうね」
こんな私のためにそばに居てくれて、なんて言うつもりは無い、ただ素直に感謝を伝えたかった。
「…僕の方こそ、夢を持たせてくれてありがとう」
ーお互い自然に体の距離が縮まり日陰の集まったアスファルトの上、お互いの手が重なり合っていたー。
「……」
「…っ」
ドキドキと鼓動がうるさいのは病気のせいなんかじゃない。不安な私の隣にずっと居てくれて、優しい言葉を使って慰めてくれて、私の病気を治そうとしてくれて。最初は 同じ本が好き ってだけの接点だったのにいつしか樹が特別になっていた… これ以上樹を好きになれば間違いなく私の鼓動はもっとうるさくなるのに…止められないこの気持ちはどうしたらいいの?
「いつー」
「僕ね、医者になる」
「え?」
「頑張って医者になって千歳の病気治すから…っだから」
重なり合ってる樹の手により一層力が込められる、いつもの優しさも残しつつ熱い気持ちがこの手から伝わる。
「…好きだ、千歳」
ーー甘く、温かく、そっと静かに弾けた。
「…だから、僕にその命預けて」
ーー弾けたこの想いの行方はどこだろう、必死に探して、それでも君しか居ないと叫んだ…
「う、ん…っ」
灰色だった空が再び青色へと光を差していく。樹も、私も、お互い重なって握られた手に力を入れる、また自然とゆっくりお互いの顔が近づいていく。これからキスするんだってことを理解するのにはそう時間は要らなかった。キスしてる間、私は病気なのに、もうすぐ死ぬ運命なのに、いいのか?、と考えていたが離れていく唇を追いかけ、さっきより少し深いキスをする
ー私たちは『友達』だ。付き合うのは私の病気が治ってからと約束をした。
「千歳」
愛おしそうに、恥ずかしそうに、私の名前をそっと呼ぶ樹…
「樹…」
そんな樹に合わせて私もそっと名前を呼ぶー。
この幸せな時間がいつまでも続いていけばいいと思っていた。

