君が遺した未来
あの後キミが居ないながらも一生懸命生きて、勉強して、いつの間にか卒業し専門学校も行って。今日看護師国家試験の合格発表なんだよ。ちゃんと、見てる?
「千歳ー?もうそろそろじゃないの?」
「あ、うんっ、いまいく」
「あ、そうだ… お父さんが寝室に来てくれって。」
「え、わかった」
「…お父さん?入るね」
「どうしたの?」
「千歳、実はプレゼントがあるんだ」
「え、本当?」
「あぁ。これなんだが…気に入るといいけど。」
「ありがとうっ、見てみるね」
大きな紙袋に入っていたのはバッグで 遊びにも仕事にも使えそうな大きいバッグ、黒と白色のレースを基調とした可愛いバッグ…しかもこれちょうど私が欲しいと思っていたバッグ
「お父さん、いいのこれ…?」
「うん、大丈夫だよ。千歳にあげるために買ったんだ」
「…合格発表もうすぐだろ?受かったらこのバッグで出勤して…落ちたとしてもこのバッグで前に進みなさい。」
「…お父さん、ありがとう…っ」
「あなた、千歳、もうそろそろ合格発表の時間よ」
「はーい」
「そろそろ、発表されたんじゃない?」
「千歳、見てみなさい」
「う、うん…」
看護師国家試験…結果はーー。
それから3年の月日が流れたー。私は瀬戸外病院の小児科ナースとして働いていて、毎日が忙しい。
「椎名先生、これよろしく」
「あ、はいっ」
当時私の担当医だった菅原先生もまだこの科にいて無事に再会を果たせた。あの日の合格発表の時合格という文字を見て家族みんなで泣いたっけ、と思い出が蘇る。
「椎名先生、愛子ちゃんの容態が急変してます!」
「わかった。今行く!」
「…愛子ちゃん、大丈夫?すぐ良くなるからねー」
苦しんでいる子供たちを見ると時折 樹の心臓は私の中で生きてていいのか って思うことがある。あの時私が無理やりにでも説得していたら 樹の手を求めている患者さん を助けられたのかもしれない、そう思えてやまなかった。
ーーそう表では考えてるだけで、樹の手を、樹の体温を、求めているのは私なのかもしれない。そうして一段落しお昼休み、屋上に来ていた。
あの頃と何も変わらない空と空気と屋上で、私はなんだかホッとした。あの日樹にあげたお揃いのブレスレット 私の腕に今でもつけられていて。それを結婚指輪代わりにしているんだ。
「…樹、隣に来て欲しいよ、私の隣で笑ってて欲しい…」
「なんで、先に逝ってしまったの…?」
私の最愛の人は…完璧で優しくて暖かくて。私だけの医者になろうと頑張って、星になった人ーー。
「ねぇ、樹…」
この声が届くなら、私はキミに何を送るだろうか?ありがとう?ごめんね?…1番言いたいのは愛してる…。
「愛してるよ、樹…!」
「久しぶりだね。そこまで樹のことを思ってくれていてありがとう」
「朔摩、先生」
「もう働いて何年となるのにこれで顔を合わせるのは初めてだね、体調や仕事はどうだ?もう慣れたかい?」
あの頃の朔摩先生じゃなく、ちょっと渋さを残したイケおじになってて…ちょっとびっくりしたけど笑った顔が樹に似ている。
「体調はおかげさまで…仕事の方は、まだまだです…」
「そうか、良かった…あ、そうだ…これは樹からだよ」
「…え?」
そう手渡されたのは手紙で、少しクシャクシャでボロボロになっていた。手紙に書かれていたのは
『 僕がドナーになったのはもう皆から聞いた?本当にこんな結果になってごめんね、でも僕がどうしても助けたかったんだ、あの時ドナーが失踪して千歳の命が危ないって時、ダメ元で適合検査受けたら運良く適合して、僕しかいないと思ったんだ。だから許してくれ。全部、君のために捧げられるよ。こんな僕でごめん、こんな僕を愛してくれてありがとう。僕も大好きでした 朔摩 樹 』
「…っ、いつ、き…っ…樹…、ぐす、っ」
「……椎名先生、いや、千歳ちゃん」
「あの子に希望を持たせてくれてありがとう…」
「…っ、はい」
私はいつまでも樹に恋をする。この心臓でー。
今日も、私は青い空を見上げる。快晴だったら樹が喜んでいて曇りだったら樹が悲しんでいて。樹、私は今日もたくさんの人を助けるよ。この間だってねオペレーション初めて入って褒められたんだよ。だから私はー
「…もう大丈夫」
『 ー好きだ、千歳 』
あの声が優しくそっと弾けるーー。
ーー生まれつき私の心臓は普通の人と比べて弱かった。
だからだろうか…恋をするとき鼓動がうるさいのも
発作が起きた時いつも苦しすぎるのも
生きたいと思えるほど素敵な人に出会う私の心臓ー。
全てが新しい世界で私は…君に一生懸命恋をしました。

