心臓に囚われた、ボクの心。




ー 千歳side ー



「……」



「椎名さん…手術、無事に成功しました。」


「…!」


「先生、本当にありがとうございます…!」




───朔摩先生side──



無事に手術が終わったその裏では樹が亡くなったと言われているようで──


「…先生、樹は?」




「──朔摩先生……こちらです」



真っ白になっていて、弱弱しく目瞑っている温かさを失った息子がそこには横たわっていた…


『千歳のために医者になりたいんだ』


『僕が助けないと』


そう言って移植を猛勉強した樹はもう、何処にも居らず、目の前の息子は“息子なのか?”と目を疑うくらい涙でぼやけた。



「大きくなったらねっお父さんみたいなりっぱな医者になるのっ」



…と、小さい頃何度も私にそう言ってた樹が愛する人の為に心臓を捧げ、命を捧げあの世に行ってしまった。



「よくやったなぁ…樹…っ」


そんな息子を私は誇りに思う。樹の頭を撫で褒めたたえてやりたい…私が死ぬ年齢になりあの世へ旅立ったら撫でさせてくれよ、頭を……。



──千歳side──



「…う、ん…っ」



「…千歳!」


「ち、千歳…起きたのね!?」


「うん…」


何度も目に映した天井と両親の顔…全てがあの日と同じなのに樹だけが居なかった──



「お母さん…」


「うん」




「……樹は?」



最愛の人の名前を呼んだとき


私の手術が“無事に”成功したとき…


私の目が開いた時、樹はもう居ないんだって……。




「お母、さん…?」



目に涙を浮かべ私の方を見て口を開ける。お母さんからは衝撃的な言葉が発せられた



「…樹くんはね、」


「…うん?」



ねぇ、お母さん…?うそだよね?そんなはずないよ…だって……。



お母さんの綺麗なアーモンド色の瞳がゆらゆらと揺れていて、私の手を優しく握る右手が震えていたせいで嫌でも分かってしまった……



「貴方のドナーになったのよ」




──けどやっぱりその言葉が理解できない、理解したくないと脳が突き放してるようで…頭をハンマーで殴られたような鋭い痛み。



「お母さん…そ、れどういうこと…?」


「千歳のために移植の勉強を沢山して、運良く適合したの。前のドナーが失踪したじゃない?あれから千歳が生きて欲しいって何度も私たちに言ってくれてて…」



お母さんの口から溢れる言葉は現実味がなく…今でも病室のドアから千歳って出てきそうで…。


もう樹がこの世に居ない?どうして?なんで?医者になるんじゃなかったの…?



「ふ、っ…ううっ、樹…っ」



───最愛の人の名前を呼んだ時…私は、やっと頭が追いついたように思う。



「彼は、立派な医者でした…」



“樹先生”なんて冗談っぽく笑う菅原先生にお父さんもお母さんも笑顔を浮べる中私だけは悲しみに暮れていた。



あんなに医者になりたいんだと叫んでいた樹、あんなに私にすきだと言ってくれていた樹、お父さんの背中を見ながら育った樹を…私が失わせたんだ。



「──っ!」


「ちょっと、1人にさせましょうか」


「あぁ…」


「失礼します」




私に気を使い1人にさせてくれた皆の気使いも今はグッと心に刺さってズキズキと痛む。



心臓移植の手術はどんな手術よりも慎重に行わないといけない、それは人間にとって必要な臓器だから。



だから成功したのを喜ばないといけないのに…“樹が居なくなった”


その事実は拭っても拭っても消えなくて…私なんか生きていいのだろうか?


私の腕に繋がれている点滴を外し、フラフラと力なく屋上へとのぼる。屋上に行くまでの廊下はやけに静かで音がなかった



青い空を見て、澄んだ空気を吸って私は確かに気持ちが晴れたのに今は青い空を見ても澄んだ空気を吸っても…心は曇っていた…。


───あぁ、そうか。青い空を見て心が踊っていたのは、澄んだ空気を吸って心がポカポカしたのは…キミが居たからなんだ…


そんな遅すぎる事実に私は今更気付いたよ…



「樹、いつき…会いたい…っ


…サヨナラも言えてないよ、ねぇ…っ」


「───樹…!」



青い空に向かって好きな人の名前を何度も叫ぶ──。


私は、生きてるからーー戻ってきてよ… なんて、嘆いても叫んでももう戻ってこない……



フェンスに足をかけフェンスの外へと行く。



…私は死のうとしていたがそれは屋上のドアを開ける音で我に返った。



「……千歳ちゃん」


「朔摩、先生…」


「樹のこと、聞いた…?」


「…は、はい、っ」



「……君は、生きていてくれないか」


「…え?」


「君のために医者になるという夢は、叶った。それに、君のために命を捧げあの子は死んだ」



“あの子は死んだ”


───ねぇ、朔摩先生。“あの子”って…誰を指しているの?


そう…悲しげに笑う朔摩先生になんとも言えないものが喉に詰まる。



お願いだ、と頭を下げる朔摩先生。どこまでも優しくて甘かった樹の心臓は私の中で音を立て動いているんだ…。



ドキドキと、鼓動を感じる。私は、生きている。生きちゃっているんだ…。



「…っ、はい、生きます…」



───樹の気持ちを無駄にしないために、両親の期待を捨てないために



「……」



けど、どうしたらいいか分からない。これから樹無しでどう生きていけばいいの?どう、過ごしていけばいいの。私の心は穴が空いてるよ、樹が塞いでよ…




「…医者になりたいと笑っていた樹が千歳ちゃんのためにここまでするのは正直驚いたよ。でも、私はいつまでも誇りに思うよ」



息子を失って朔摩先生も苦しいはずなのにどうしてそこまで私に笑顔を向けてくれるんだろう。


どうして、笑顔でいられるんだろう…。そう言い私に笑った。肩をぽんと叩き屋上から出ていく朔摩先生。



「…っ、樹、」



それでも、酷いよ。私にお別れもなしに死んじゃうなんて…
泣きながら…日陰の集まったアスファルトに涙を落としながら、空を見上げる。



あの青い空のむこうに…あのふわふわとした白い雲の向こうに、樹が居るんだ。そう考えたら隣にいなくても空を見上げれば樹にいつだって会える。






そうして手術後、傷口が開くからと無理に動いたらダメということで外出禁止令を出された私は樹の葬式にすら行けなかった




───でも、雨が降っていたら泣いていて、雪が降っていたら楽しんでいて、晴れだったら笑顔でいて、曇りだったら悲しんでいて、星が出ていたら、きっと私の事を見つめてる…。




「……だからっ、大丈夫だ、よ…樹」



私の心臓と君の心臓が繋いだ奇跡の物語はこれからも続いていく。



これで終わりじゃない、今からがスタートなの。君の心臓を抱えて一生懸命生きていく私を見つめていてね。