バレンタイン前日。
 手作りのガトーショコラを焼く。
「甘すぎるのは似合わないかな」
 オーブンの前で彼のことを思い浮かべながら、思わず笑う。

 4年間、毎年バレンタインのたびに迷ってきた。
 本気で渡そうと思っても、いつも勇気が出なかった。
「私、消極的だから」――そう言い訳して。

 でももう、“応援”だけでは足りない。
 明日、渡そう。彼に気持ちを伝えよう。

 放課後の廊下に、夕陽が差し込む。
 私は小さな包みを握りしめ、彼に差し出した。

「結城くん、これ……バレンタインのチョコです」
 彼は少し驚いたように受け取り、微笑んだ。
「ありがとう、白石さん」

 胸の奥に、4年間の想いが溢れ出す。
「4年間、ずっと応援してた。勉強も、野球も、全部。
 でも今日は、“応援”じゃなくて、“好き”って言いたいの」

 沈黙。時計の秒針だけが音を立てていた。

「俺、白石さんが真剣に勉強してる姿、ずっとかっこいいと思ってた。
 なにかに本気で打ち込めるって、すごいことだよね。
 俺の野球も応援してくれてたよね」

 彼は微笑みながら、続けた。
「じつはね、前から知ってたよ。白石さんの“推し”が俺だってこと」

 頭の中が真っ白になる。バレてた?
 もし“キモいから推しとかやめて”とか言われたら――立ち直れない。

「もし今日、白石さんがチョコくれなかったら、俺から渡そうと思ってた」

「え……?」
 彼はバッグの中から、うさぎのラッピングがされたチョコクッキーを取り出した。
「これ、あげる」
 真っ赤に染まった頬が、たまらなく愛しかった。

 帰り際、彼が小さくつぶやく。
「……あや」

 一瞬、息が止まった。
 “白石さん”ではなく、“あや”。
 その呼び方が、チョコレートより甘く、胸に焼きついた。

 私も小さくささやく。
「はるくん」

 夕陽の中で、私たちの声が溶けていった。