「あーもー、つまーーーーんない」

 私はそう言いながら、しゃがみこんでた池の水面に映る自分の顔をジッと見つめていた。
 
 お日様がてっぺんを越えた昼下がり。
 キラキラとした水面には、サーモンピンクのふわふわとした髪に、ルビーの宝石のような自分の顔がぶすっとしている。

 私はその顔がなんだか気に食わなくて、水の中に手を入れた。
 ぐるぐると水をかき混ぜれば、そんな顔すら見えなくなる。

「ふふふ。へーんなの」

 変だけど、水の中はひんやりと冷たく、とても気持ちいい。
 やっぱり部屋を抜け出してきて正解ね。

 パパたちは一人でお外に出ちゃダメって言っていたけど、もう限界。

 お部屋には誰もいないし、おもちゃもない。
 毎日毎日お絵かきばっかりじゃ、飽きちゃうわよ。

 お外って言ったって、お庭なんだから大丈夫に決まってるじゃない。
 パパは心配性すぎなのよ。

 私は手を水の中に入れたまま、屋敷を見上げた。
 開け放たれた二階の自室からは、ゆらめくカーテンが見える。

 ほんの少し色褪せ、薄い生地のそれはいつ破れてもおかしくないほどオンボロだ。
 もっとも、オンボロなのはそれだけではない。

 この屋敷の全てがそうだった。

「おもちゃぐらいあったら、また昔みたいに誰かがうちに遊びに来てくれるかもしれないのに」

 今度はそのままの体勢で、視線を中庭の東屋に向けた。

 一昨年まで綺麗に整備されていた白亜の東屋は、使用する人間がいなくなったせいかもう見る影もない。
 たくさんの雑草にまみれ、白塗りだった東屋の壁は所々が剥がれ落ちてしまっている。

「ママが生きていたらなぁ」

 私は気づけば、屋敷では絶対に言ってはいけない言葉を口にしていた。