「お金なら必ずお返します。たとえどれだけここで働いたとしても」
「どの口が言うんだ。だいたいあの薬がいくらするのか知っているのか、アンリエッタ」

「それは……」
「金貨一枚だぞ、金貨一枚」

 金貨一枚は確かに大金だ。
 田舎だったら、大人一人が質素でも一年暮らせるだけの額だもの。

 だけど実家であるこのダントレット家は、この国一と言われるほど大きな商会を経営している。

 それこそ湯水のごとくお金を稼ぎ出してきているのだ。
 だからたった金貨一枚を、用意出来ないなんてことはありえない。

 むしろ一日もかからず稼ぎ出してくるだろう。

 しかも私は、きちんとそのお金を自分で働いて返すとまで言っているのに。
 それでも貸さないと言うなんて。

「今のお前には、金貨一枚すら返すあてもないからここに来たのだろう?」
「そうかもしれませんが、働けば、なんとでもなります」
「無理だな。そんな病に冒された体でどうするというのだ」
「ですから薬で完治したあとに、またここで働いて……」

 必死に訴えても、父はただ私の言葉を鼻で笑った。

 私は下唇をかみしめる。

 やはりね。
 完治するかどうかなんて、この人にはどうでもいいんだわ。

「お父様は、私にはもう金貨一枚ほどの価値すらないとおっしゃるのですか?」
「あははははは。よく分かっているではないか、アンリエッタ。まさに、そうだ。お前にはもう、金貨一枚の価値すらない。せっかく一番良い就職先を見つけてやったというのに」

 金貨一枚すらの価値もない。
 自分の実の娘が苦しんでいるというのに。

 父は呆然とする私を、ただ笑っていた。
 娘が死ぬというのに、それでもこの人は笑うのね。

 私は何に希望を求めていたのかしら。
 だけど不思議と涙は出なかった。

 ただ心に重しのような何かが乗ってきたような、そんな感覚だった。