春だというのに外はうすら寒く、薄いフードしか身に着けていない体に風がこたえる。
 街の中は皆、温かな格好で足早に歩いている。

 しかしやっと訪れた春に、どこか浮きたつような雰囲気があった。

 むしろこんなに足が重く、歩けないのは私ぐらいだろう。
 それでも歩くしかない。

 私のために出す馬車もないのだから。
 本当にこれで男爵家の妻だというのだから、笑え……ないか。

 私は実家の商会につくなり、執務室にいた父に頭を下げた。

「お父様、どうかお願いです。私にバラ病の治療薬を買うお金を貸してください。今ならまだ間に合うかもしれ……」
「はっ。何を馬鹿なことを言ってるんだアンリエッタ。なぜそんなくだらないもののために、うちの金を使わねばならん」

 くだらない、くだらないって……。
 それがなければ、私は死んでしまうのに。

 でもそれでも私は必死にお願いするしかない。

「お願いです、お父様」
「断る!」
「断るって……」

 床にひざまずき頭を床にこすりつける私に、父は冷たく言い放つ。
 呆然と見上げれば、私と同じ薄紫の瞳と銀色の髪の父と目が合った。

 顎ひげに手を置いた父は、さもうんざりだという顔をしながら、執務室の椅子に深く腰かけ、動こうとはしない。

 この人は、自分の言った言葉の意味を理解しているのだろうか。

 ううん。
 理解しているからこそ、きっとそう言ったのでしょうね。

 昔からそういう人だから。
 だけど……。