そう。これが父にとって、私の仕事の手を止めてまで呼び出した理由。
 一回目の時は、重要な話があるとかなんとか言われて、走ってここまで来た気がするわね。

 来てみたらアホみたいな話だから、ただ口を開けて聞いていた気がする。

 父は白くなった顎ひげを撫でながら、興奮気味に目の前の机をバンバンと叩いている。
 そのせいで乱雑に積んだ書類たちが落ちても、父は気にすることもなかった。

 それくらいに、父にとってこの話は嬉しいものなのだろう。

「はぁ、そうなのですね」

 いつものようにを演じなくてはと思っても、思わず言葉に感情が乗ってしまう。
 確か今年で四十五くらいよね、この人。
 初めはボケたのかと思ったけど、そんな年でもないし。

 結局はいつもの思い付きでの判断なのよね。

 父はいつでも思い立ったがなんとかで、すぐに事業を始めるような商人だった。
 だけど仕事のセンスだけはあるこの人は、いつでも自分の思うように仕事を始め成功させてきた。

 だからこそ本当に質が悪い。
 この世の全てが、自分の掌の上で動かせると思ってしまっているから。

「それは、私には拒否権(きょひけん)というものはないのでしょうか?」
「そんなものはあるわけがないだろう! 何を言っているんだ、お前は」
「何をって……」

 ガハハハッと豪快に笑う父を私は無表情で見つめ返した。