……その晩自宅に帰ると。母親が待ちかねたとばかりに、声をかけてきた。

三藤(みふじ)さんから、お電話をいただいたわよ」
「えっ?」
「日曜日のこの時間に、お待ちしていますとのことでした」

 母親が差し出すメモを受け取りながら、考える。
 先輩も僕もスマホはおろか、携帯も持たない主義で。
 急ぎの連絡があれば、ほかに方法がないとはいえ……。

「帰りの電車で、なにもいってなかったけれどなぁ……」
「あら、そう」
 母親が、妙にそのあたりの事情について。
 なにか知っていそうな顔をしているけれど。
 かといって聞いても、教えてくれなさそうな表情をしている。

「クリスマスが、近いのねぇ〜」
 なんだか意味ありげな、母親のセリフをスルーして。

 ……そして迎えた、翌朝。



「……お、おはようございます」
 前の駅から列車に乗ってくる三藤先輩に、いつものようにあいさつするけれど。
海原(うなはら)くん、あと玲香(れいか)もおはよう」
 先輩の表情は、いつもと特に変わりがない。

「どうかしたの、(すばる)君?」
 ローカル線の、向かい合わせのボックス席で。
 先輩の隣に座った玲香ちゃんが、僕に聞いてくるけれど。
 なんでもないとしか答えようがなくて。
 次の駅で、高嶺(たかね)を僕の隣席に迎えても。
 先輩のようすは……やはりいつもと変わらない。


 列車が走り出してしばらくすると。
「そういえば、次の日曜日に」
 高嶺が、いきなりいいだして。
「えっ!」
 思わず僕が、反応したものの。
「なに、まさかアンタも観てんの?」
「はい?」
 なんだ、恋愛ドラマの話しだったのか……。

 続いて、高嶺がまた。
「そうそう、クリスマスまでに」
「えっ!」
「ど、どうしたの?」
 今度は、僕だけじゃなくて玲香ちゃんも同時に反応して。
「んっ?」
 高嶺が、不審げな顔で僕を見る。

「……もしかして、アンタもう食べたとか?」
 ええっ、今度は……。
 クリスマスまでの、期間限定コンビニスイーツのこと?
 ま、紛らわしいこと。この上ないぞ……。


「……なんだか、『落ち着かない』わよね」
「へっ?」
 ついに三藤先輩が、ボソリと口にしましたけれど!
 やっぱり、それって。今度の日曜日のことですか?

「海原くん、どうかしたの?」
「アンタ、なんか変だよ?」
 高嶺と、玲香ちゃんが(いぶか)しげに僕を見るので。
「い、いや……その。三藤先輩が……」
 思わず、そこまでいいかけてしまったところ。

「わたしは……別に。『この時期』が落ち着かないだけよ……」
 先輩がなぜか、控えめなボリュームでそう答えた『だけ』だったけれど。

「……あぁ。ごめんね」
 玲香ちゃんはなんだか急に、納得したようで。
「……あぁ、そういうことですか」
 高嶺もなんだか、理解したらしい。


「……え?」
 ひとり、わけがわからない僕を。
 高嶺が冷たい目で、ジロリと見てきて。
「ほんと、鈍い男子って使えないよね」
 ……って。
 な、なんで僕が。そこまでいわれないといけないの?

「まぁ昴君だもん、置いとこっ!」
 玲香ちゃんはそういうと、別のおしゃべりをはじめてしまって。
 途中の乗り換え駅から合流した、波野(なみの)先輩も。
「あぁ、海原君にはわかんない・よ・ね・ー」
 それについては、ひとことで終わらせてしまって。
 その先はずっと別の話しをしていた。


 結局朝の放送室でも、三藤先輩は割と上の空で。
 春香(はるか)先輩と、鶴岡(つるおか)さんも。
「あぁ、『海原君』じゃねぇ〜」
「その辺はまぁ、ウナ君では無理でしょう」
 結局誰も、僕に説明してはくれなかった。



 ……二年生たちと別れ、一年一組へ向かう階段に差し掛かる。

「な、なぁ高嶺。朝の『あれ』って、いったいどういうことだ?」
 僕が必死に食い下がるものの、ものすごく迷惑そうな顔で。
「そんなの、わたしに聞かないでよ」
「ええっ……」
 いつもはとことんまで出しゃばりなのに。
 なんでそんなに、今朝は冷たいんだ……?

「ちょっと夏緑《なつみ》、交代してくんない?」
「断固パスしますっ! だいたい指名されたのは、由衣《ゆい》だよ」
「嘘でしょ、嫌だよわたし」

 なんだか、どんどん自分がバイキン扱いされている気がしてきて。
「……も、もういいよ」
 そう、諦めかけたそのとき。
「ちょっと! もう一回お願いっ!」
 高嶺がちょうど横をとおり過ぎかけていた。
 三組の女子と、もうひとりを捕まえた。


「えっ?」
「いいから、いまのもう一回お願い!」
「えっと二年の先輩が、『生理痛』できょうの練習を……って! エエェェッ!」
 三組の女子が、僕の存在に気がついて。
 目を大きく開いたまま、固まっている。

「あ、ありがとっ!」
 高嶺が自慢の栗色の髪の毛の先を、人差し指で高速回転させながら。
 精一杯の愛想を振りまいている。

 いや、近頃完全に忘れそうになっているけれど。
 その、『黙っていればめちゃくちゃカワイイ』っていうポーズ。
 さすがにもう、通用しないんじゃ……。
 おまけに……女子相手に、スマイルって効くのか?


「……ど、ど、どういたしまして」
 えっ?
 効果、あるんだ……。
 たまに作品に登場する、その三組の女子は。
「ま、またね……」
 小さな声でそう答えると。
 顔を赤くして、なぜか横歩きで。
 いそいそと教室の中に消えていく。


「ま、そういうことだからさ」
 高嶺が、急に得意げな顔になって僕を見る。
 なので間違えてはいけないと思った、僕はつい。
「要するにいま三藤先輩は……『生理痛』なんだな?」

 ……確認のために、そう聞いたのだけれど。

「わざわざ声に出すな、変態っ!」
「ほんとウナ君、最低っ!」
 僕の数倍大きな声で、同時にふたりが叫んでしまって。
 結局、僕たち三人が。

 廊下で、大注目を浴びることになってしまった……。