……静かに固まっていたのに……くしゃみをしてしまった。

「えっ? 都木(とき)先輩?」
美也(みや)ちゃん? 講習だったはずでは?」

 即座に反応した海原(うなはら)君と月子(つきこ)が。
 扉の外のわたしを見つけて、驚いた顔でこちらを見る。

「ご、ごめんね……クリスマスだからか、自習時間になったみたいで」
「えっ?」
「え?」
「それで……戻ってきたら……」

 ぬ、盗み聞きじゃないよ!
 だって扉……ひらいていたんだから!


「ど、どうして……」
「あ、あの三藤(みふじ)先輩。それはですね……」

 海原君、わざわざ『自爆』しなくてもいいのに。
 洗いかごを両手で持っていた月子のために、扉を開いて。
「そうしたら、お話しがはじまりまして……」
「だから寒かったのね! 冬なのだからきちんと閉めてくれないと!」

 いやぁ……だって海原君だよ。
 月子にグイグイ迫られているときに、途中で『扉閉めていいですか?』なんて。 

 ……聞けるわけ、ないよね?


「美也ちゃん……さりげなく、失礼なことをいっていません?」
「そ、そうかな〜」
「そうです」
「でもほら、月子も……寒さを忘れるくらい。『熱く』なってたのかな、って?」
「……」

 月子は、一瞬沈黙すると。
 でも、それでも負けてなるものかという顔で。
「美也ちゃんほどでは、『まだ』ありません」
 そういって、右手でサッと艶のある髪の毛をはらってみせた。


 ……開き直った、女子って強い。


 戸惑い気味の海原君をさておいて。
 月子とわたしは、プレゼントしたハンカチを二枚机に並べている。

「やっぱり……一緒だね」
「同じお店のですから、当然でしょう」
「ねぇ月子、いつ買ったの?」
「美也ちゃんが、『駅の方向』を間違えた日です」
「そこも同じだったのか〜」

 お店にあったのは……最後の一枚だったから……。
「買ったのは『わたしが先』ですね」
 月子がワザと意地悪な感じでそういったので。
「下見したのは、わたしが先だよ」
 最初に見にいったときは、二枚あったのだと抗弁した。


 月子とわたしが、そんな話しをしていると。
「うわっ、嘘でしょ」
「えっ?」
 由衣(ゆい)の声に驚いて振り向くと。
「プレゼントかぶっちゃった・ん・だ」
 き、姫妃(きき)がいて……。
「そっち『も』……飛行機柄だったんだね」
 玲香(れいか)……どういうこと?


 ……もしかして。
 わたし『も』、扉を閉め忘れていたの……?


「だからまだ寒かったのね……」
「海原君、二回目だよ! きちんと閉めてくれないと!」
 先ほどと似たやり取りをわたしたちがすると、いきなり。

「あのですねぇ!」
 由衣がわたしたちに大きな声で向かってきて。
「『ふたりだけ』じゃないですからねっ!」
 そういって、机の上にドンと箱を置く。

「ねぇ(すばる)君……」
「開けて・み・て!」
 玲香と姫妃が、わたしたちの存在を飛び越えて。
 海原君に、そううながすと。
「は、はい……」

 ……箱の中から、『同じ柄』のマグカップが現れた。





 ……海原くんの好みくらい、みんな当然知っていた。

「月子が買い物で別行動とかいうから、怪しかったんだ・よ・ね〜」
 姫妃がわたしを名指ししながら。
「抜け駆けだよ、昴君。どう思う、抜け駆けだよ?」
 珍しいテンションで玲香が、海原くんに迫っている。

 ……女の子同士で、もう少し争わせて。競わせて。

 その道は、決して孤独な闘いではなくて。
 ただ闇雲に耐えていくようなものでもなくて。

 ……楽しめばいいのよね、わたしたち?


 陽子(ようこ)夏緑(なつみ)の『喪失感』を埋めているうちに。
 残されたわたしたちの関係は、より深まった。
 海原昴をよく知るわたしたちは。
 この先も彼と一緒に。

 ……恋するだけでは、終わらない日々を。過ごしていけばいい。


 そのあと、響子(きょうこ)先生と佳織(かおり)先生が。
「ちょっと、写真撮るよ!」
「カメラマンも連れてきた!」
 そういって放送室に、やってきた。

「あのさあ! わたしのスマホなんだけど、その手きれいだよね?」
「へ、平気っスよ!」
「信じらんない、消毒させて!」
「うわっ! かけすぎっス!」
 気の毒だけれど、由衣がすごむのも無理はない。

 少し髪の毛が伸びてきた……山川(やまかわ)|俊(しゅん)君だったかしら?
 海原くんのクラスの男子は、歓迎こそされなかったものの。
 それでも彼のおかげで。
 珍しく海原くんを含めたみんなで、写ることができた。

 みんなの笑顔が刻まれた、この日の写真もまた。

 ……わたしの大切な、宝物だ。







 ……そのあと。遅れていた塾向けの説明会は、さらに遅れると知らせが入った。

 クリスマスの予定が、潰れてしまう?
 いや、『わたし』としては。
 クリスマスを『ふたりきり』で過ごす予定はなかったので。

 『みんなと一緒』ではあるけれど。
 もう少し過ごせる時間が増えてよかった。
 そんなふうに考えていた。

 放送室の窓から、カエデの木を眺めながら。
 『わたし』は十二月の最初。
 あの『クリスマスの標語』を目にしたときのことを思い出す。


    『海原昴は、渡さない』


 刺激的すぎるその言葉の存在、いや記した『犯人』は。
 結局誰なのかはわからないままだけれど。

 ただ、あまりそれはもう気にならない。
 なぜなら『わたし』も。


 ……譲るつもりなんて、少しもない。


 あのとき抱いたその想いが……変わらないからだ。



 『わたし』を呼ぶ声がして、振り向くと。
 海原昴が、ミンスパイをひとつ渡してくれる。

 英国のクリスマス菓子だというそれは。
 寺上(てらうえ)校長が、わたしたちへのプレゼントにと。
 割と有名なお店のものを、用意してくれていたらしい。


 ……いつか一緒に。『飛行機に乗って』食べにいけたらいいのに。


 とても小さくつぶやいたから、聞こえなかったはずだけれど。

 そのとき、海原昴は。
 驚いたような顔でこちらを見て。


 それから、まるで了承したかのように。



 ……『わたしに』、ほほえんでくれた気がした。