『それは、』


 どう言う意味だと問いたかったが『母親の様になりたくないだろう?』と急にトラウマを抉る様な事を言われて閉口する。


『それにお前には大事な叔母も居る』

『…』

『お前が出来なければ叔母を使うまでだ、大事だろう唯一の肉親は』


 そう言った男は座っていたチェアをくるりと回して、手で出て行けとジェスチャーする。


『(お楽しみか…)』


 そう言えば、男の後ろにある壮観たる本棚の裏は隠し部屋が存在し、男の悪趣味さを体現したモノ達が沢山あると聞いた事があったのを思い出す。


『分かりました…失礼します』


 思い出した所で何も変わらないけれど、言い返す事も出来ない俺は、一礼だけして部屋を出ようとした。

 最後に、


『役目を果たせ、それがお前の存在意義だ』


 そう言葉を投げられてーーーパタリとドアが閉じる。


 ああ…何もかもが最悪だ。


「凌久君!」


 彼女の大きな声に意識が現実に引き戻される。

 知らぬ前に隣に座った彼女は「凌久君も具合悪いの?」おでこに手を付けられる。


「熱は無さそう…」

「…」


 他人の痛みに敏感で誰かが傷付くのを放って置けない彼女の性分に自分は救われたのに、俺は彼女に何も返せていないどころか傷付く事をしなければならない。今程自分の生まれを憎んだ事はなかった。


「ーーー凌久君、1つ言っておくよ」


 手を外した彼女はイヤリングの握られた俺の手に、あの時の様にそっと覆いながら俺をまっすぐ見つめる。