「っ…やめ、」


 瞳に溜まる涙が、音も無くシーツに滑り落ちた。

 小さく笑った気配が聞こえ、目尻に残った涙を吸われる。


「ーーー俺は長い間、お前の愛し方に合わせたんだ。これからお前が俺の愛し方に合わせろ」


 低く艶の滲む様な声と共に、首に顔が近付く。


「匡獅」

「…」


 苛立った様に自身のネクタイを緩めたのを気配で感じる。

 違う。


「怖い」

「…」

「顔ちゃんと見せてくれ」


 その言葉に心底機嫌の良い笑い声が聞こえて、僕の前髪を指先で払い除ける。


「八重」

「…」


 匡獅の見慣れた顔が見えて、少しだけ安心する。

 良かった僕の知っている匡獅が此処に居る。

 それだけでこれから行われる、僕達を壊す行為に耐えられると思った。

 腕を押さえる力が弱まり、僕が両腕を匡獅に差し出し、顔が近付いてその背を引き寄せた。

 僕の好きな甘く良い匂いが全身を包む。

 匡獅だけじゃない。

 きっとこれは僕も望んだ事なんだ。

 良い事も悪い事も2人で一緒に経験していた。

 罪深い林檎を齧りたいと思っていたのも、きっと同じ。

 ただーーー破滅の足音が聞こえているのには気付いていたのは僕だけだった。