1
「ハア,ハア、ハア……」
「ハッ、ハッ、アッ……」
「ハア、ハア、ハア……」
「ハッ、ハッ、アア……」
初秋の肌寒い早朝、相良高校の二年同級生の晃司と弘之は、共に全裸でベッド上にて毛布にくるまっていた。
晃司は背後から、弘之の頸筋にそっとキスした。
「気持ちいい」弘之は言った。「でももう止めてよ」
「どうして? 気持ちいいんだろ」
「今日、テストなんだよ。分かっているだろう」
「テストね、分かっている。だから夕べ全く勉強させなかった」
「本当にもう、どういうつもりなんだよ。僕を落第させたいのか」
「それも悪くない」
「何て奴だ。晃司は成績優秀だからいいだろうけど、僕は毎回テストはふうふう言いながら漸く乗り切るんだ」
「嗚呼、今日は英語と物理か。どちらも確かに難関だな」
6畳一間の弘之の部屋。県庁所在地の市にある進学校、相良高校に通うために、実家から出て来て独り暮らしをしている。
昨夜は夜遅くに、晃司が突然訪れていた。テスト勉強していた弘之を後ろから抱きしめ、ベッドに押し倒した。それからめくるめく濃密な時間が過ぎた。
「本当にどうしてくれるんだ。英単語、全然覚えてないよ」
「選択式の問題が多いと思う。鉛筆を転がして、解答を決めるんだな。案外正答率は高いかもしれない」
「冗談じゃない」
「中間テストはそれに、余り問題じゃない。期末で実力を発揮すればいいんだ」
「中間も重要だよ。親が成績に煩いんだ」
「高校二年で成績低迷していても、三年で盛り返せばいい。どの道、ウチみたいな進学校は大学受験予備校みたいなものだ」
「それはそうだ。良い大学に受かればいい。それだけだ」
「だからさ、中間テスト1回くらい、成績は無視出来るんだよ」
「テストで偏差値が出る。偏差値は簡単には上げられない」
「努力すれば大丈夫だよ」
「嘘だ。偏差値はその者の価値を決定する。一度定まった序列からは、そう簡単には抜け出せない」
「まあ、そう熱くなりなさんな」
晃司は弘之の裸の臀部に、自らの局部を押し付けた。弘之に戦慄が走った。
「晃司、本当言うとね、僕はもう全てに押し潰されそうなんだ」
「何をそんなに深刻に悩んでいるんだ……嗚呼、柔らかい尻だ」
「アア、止めてよ。真面目な話をしているんだから。僕は実は、今の生活の全てが嫌になっている」
「と言うと」
「晃司、親友なら、意地悪ばかりしないで、少しは相談に乗ってくれないか」
「ああ、いいよ。友情プレイの後でね」
「そうじゃない。今だよ、今」
「今は俺は気分が高まっている」
「だから止めてくれと。僕はそんな気分じゃないんだ」
「そうなのか。分かった。話を聞こう」
「先ず、押し当ててるそれを離してくれないか。気が散る」
「分かった。いいだろう」
「それでいい。実は何もかもが厭になっているんだ」
「何が?」
「今の相良高校の全てが。そして大人や社会の全てが」
「大人や社会は皆、クソだ。当たり前のことだ。何を高望みしているんだ」
「人間不信になってきた。何もかもが信じられない」
「信じるに足る人間なんて、殆ど居ない」
「そう達観出来ない。僕は独りでは生きてゆけない。何か信じられるものがないと」
「弘之、例えば俺を信じてみたら。裏切らないよ」
「そうかもしれない。友情は確保出来ている。でも他には何一つないんだ」
「両親や教師が厭だと言うんだろう。大丈夫だ、誰でもそう思っているから」
「そうじゃない。そんなレベルではないんだ。相良高校は勿論、大嫌いだ。でもそれに留まらない。この社会そのものを憎悪しているかもしれない。人間不信じゃなくて、人間憎悪だ」
「大丈夫か。大分鬱になっているみたいだけど」
「鬱だろうね。双極性障害かもしれない。いや、それよりも発達障害の一種の表れかもしれない」
「何だろうと、俺は構わない。兎に角全部吐き出してみなよ」
「競争ということが、鍵概念なのは新自由主義か。互いの競争による成長ということは理解出来ても、それは心底からの憎悪の対象だ。他人を潰してでも己がのし上がるという思想、現代の大多数の原理はでも、汚らしい我利我利の物欲に過ぎない。利他の思想というものは、其処には何処にもないんだ。此処からは社会福祉思想だって、全く発生しないと思う。それにまた、現代社会を裏で牛耳っている言語哲学。これのせいで全ての物事は、排除によって定立される、ということになってしまうんだ。経済学と言語哲学、この二つが現代社会の主流をなすことで、競争と排除が一般化してしまう。各国の紛争だって、この二つの害悪が原因かもしれない」
「ふぅーん、なる程……」
「矢っ張り、僕は鬱になっていると思う?」
「どうだろうね……俺に言わせれば、思春期特有の物思いに過ぎないけれど」
「程度は軽いと思うの」
「大丈夫だと思うけど。しかし程度というのは病気の程度のこと?」
「分からない。自分では分からないんだ、何もかも」
「そうか、うーん、そうだな……俺にアドバイス出来ることは、恐らく一つだろう」
「それは何?」
弘之は晃司の方に身体ごと振り返った。その際に、陰部の先端が晃司の掌に触れた。晃司はそれを優しく握りしめた。
「俺達、高校生はまだ最下層に居ると考えられる。社会的な奴隷の階層だ。だから、階層移動すればいい訳だ」
「方法は?」
「俗っぽい考え方と同じ」
「つまり?」
「しっかり勉強して、少しでもいい大学に入学する」
「それで階層移動出来るの」
「そうだ、アスファルトにツルハシを打ち込む奴隷階層から解放される」
「大学入学というのはそういう意味を持っているんだね」
「そうだ、だから他人との競争は一切考えるな。眼をつむって敢えて他人を見ずに、独り自分だけの階層移動のためだけに勉強する。そうすれば幸福が手に入るんだ。こんな非情社会だからこそね」
弘之は頷いた。
「それは分かる。でもそれはまだ充分じゃない」
「何故?」
「大学を卒業して、エリートになっても、企業に就職すれば、また矢張り企業の奴隷になるだけだ」
「それは言える」
「労働者は搾取され、やがて窮乏化する」
「労働者は疎外される」
「それじゃ、どうすればいい」
「政治改革しかないのかな」
「それはまだ見ぬユートピア」
弘之は首を振った。
「それはまだ充分じゃない。中国がユートピアだとでも思うのか」
「それは、中国が不十分なのじゃないか」
2
放課後の相良高校、がらりとした教室には晃司と麗子しか居ない。夕闇が近付こうとしている。夏の明るい夕刻は既に遙か彼方。秋の夜長は始まっていた。
晃司は、麗子の机まで近寄ってきた。
「麗子さん」
「ああ、晃司さん」
麗子はその美貌を和ませた。
「独りだね。居残りかい」
「ええ、英語の小テストで落第点だったから、追試を受けたの」
「そうか、俺はそれには合格したけど、独りで復習していたんだ」
「弘之さんは? いつも一緒なのに」
「弘之は先に帰った。体調が良くないんだ」
「そう、季節の変わり目だから気を付けなくてはいけないわね」
「そうだな、もうじき冬が来る」
「今年の冬も寒いのかしら」
晃司は麗子の顔を覗き込んだ。
「麗子さん、君はあの大企業竹田製薬の社長の娘というのは本当なの?」
「ええ」
「そうか、驚いたな。そんな令嬢がこの学校にいらっしゃるなんて」
「驚くことはないわ。この学校、医者の息子さんとか多いじゃない」
「確かに、階層の高い生徒は多いな」
「私もその一人というだけ」
晃司は表情を変えた。
「麗子さん、俺と付き合ってくれないか、将来を前提に」
「何よそれ。将来を前提にというのは」
「麗子さん、俺は真剣なんだ。俺は早稲田か慶応に行く。必ず、君に不釣り合いでないようになるから」
「晃司さん、私達まだ高校二年生なのよ」
「そんなこと、構うものか。今度の日曜日、デートしないか」
「それは構わないけど」
「約束だぞ」
更に夕闇が迫ってきた。晃司は教室の電灯を付けた。
3
1週間後、冬間近の夜の街路。
麗子は再び、英語小テストで赤点を取り、学校に居残りした。帰りがすっかり遅くなってしまった。
週の中日で、週末の雑踏もなく、人通りは殆どなかった。
常夜灯の蛍光灯が切れていて、不気味に点滅した。辺りは闇に包まれていた。
一陣の風が麗子のスカートを跳ね上げた。冷気を含んだ風だった。
麗子は不意に、異様な殺気を背後に感じた。
麗子は振り返ろうとした。
しかし、途中で身体が停止した。
背後から、何者かの手の裡で、キリキリと太い針金が伸ばされた。
何者かの手は、後方から、素速く麗子の頸に針金を巻き付けた。
針金をキリキリ引っ張り、麗子の喉を絞めた。
麗子はくぐもった声を挙げ、口から血を吐いた。
殺人者は、弘之だった。
「……晃司を誘惑したね。死んで貰うよ……晃司は君と結婚する気にまでなっていた。僕を裏切り、資本家になるつもりだったんだ……」
麗子は断末魔に藻掻いたが、やがて絶命した。
4
「ハア、ハア、ハア……」
「アッ、アッ、アッ……」
「ハア、ハア、ハア……」
「アッ、アッ、アア、出ちゃう……」
深夜、弘之のアパート。
二人は絶望的に愛し合った。
弘之の人生に暗闇が訪れた。
晃司にもどうすることも出来なかった。再び全裸の二人はベッド上で抱擁した。
「僕、人を殺してしまった」
「誰にも見つからなかったんだろう」
「僕はもう終わりだ」
「いや、きっと逃れられる。麗子を殺した犯人は見つからないさ」
「証拠は何も残していないつもりだけどね」
「なら、大丈夫だ。弘之は捕まらない」
「僕、あの女が憎かったんだ。僕の晃司を横取りして」
「分かるよ。しかし麗子とはキスしかしていない」
「将来を約束し合ったんだろう。奴隷を逃れて、資本家に座るつもりだったんだよな」
「そうだったが、俺はバイだ。弘之と別れるつもりはなかった」
「それじゃ、僕は全く無駄に手を血に染めたの?」
「もう忘れるんだ。捕まりさえしなければ、何事もなかったのと同じだ」
「僕、懺悔して、宗教に贖罪を求めようかな」
「嗚呼、宗教はいいと思う」
「キリスト教、それとも仏教?」
「どちらでも良いが、宗教は死に方を教えるものだ」
「生き方ではないの」
「全て諦観して、死んだように生きる」
「浄土真宗でいいかな?」
「念仏を唱えるか。不殺生は仏教にはあるが、悪人正機説だ。そして他力本願で浄土に救済を求める」
「南無阿弥陀仏……」
「南無阿弥陀仏……」
「ハア,ハア、ハア……」
「ハッ、ハッ、アッ……」
「ハア、ハア、ハア……」
「ハッ、ハッ、アア……」
初秋の肌寒い早朝、相良高校の二年同級生の晃司と弘之は、共に全裸でベッド上にて毛布にくるまっていた。
晃司は背後から、弘之の頸筋にそっとキスした。
「気持ちいい」弘之は言った。「でももう止めてよ」
「どうして? 気持ちいいんだろ」
「今日、テストなんだよ。分かっているだろう」
「テストね、分かっている。だから夕べ全く勉強させなかった」
「本当にもう、どういうつもりなんだよ。僕を落第させたいのか」
「それも悪くない」
「何て奴だ。晃司は成績優秀だからいいだろうけど、僕は毎回テストはふうふう言いながら漸く乗り切るんだ」
「嗚呼、今日は英語と物理か。どちらも確かに難関だな」
6畳一間の弘之の部屋。県庁所在地の市にある進学校、相良高校に通うために、実家から出て来て独り暮らしをしている。
昨夜は夜遅くに、晃司が突然訪れていた。テスト勉強していた弘之を後ろから抱きしめ、ベッドに押し倒した。それからめくるめく濃密な時間が過ぎた。
「本当にどうしてくれるんだ。英単語、全然覚えてないよ」
「選択式の問題が多いと思う。鉛筆を転がして、解答を決めるんだな。案外正答率は高いかもしれない」
「冗談じゃない」
「中間テストはそれに、余り問題じゃない。期末で実力を発揮すればいいんだ」
「中間も重要だよ。親が成績に煩いんだ」
「高校二年で成績低迷していても、三年で盛り返せばいい。どの道、ウチみたいな進学校は大学受験予備校みたいなものだ」
「それはそうだ。良い大学に受かればいい。それだけだ」
「だからさ、中間テスト1回くらい、成績は無視出来るんだよ」
「テストで偏差値が出る。偏差値は簡単には上げられない」
「努力すれば大丈夫だよ」
「嘘だ。偏差値はその者の価値を決定する。一度定まった序列からは、そう簡単には抜け出せない」
「まあ、そう熱くなりなさんな」
晃司は弘之の裸の臀部に、自らの局部を押し付けた。弘之に戦慄が走った。
「晃司、本当言うとね、僕はもう全てに押し潰されそうなんだ」
「何をそんなに深刻に悩んでいるんだ……嗚呼、柔らかい尻だ」
「アア、止めてよ。真面目な話をしているんだから。僕は実は、今の生活の全てが嫌になっている」
「と言うと」
「晃司、親友なら、意地悪ばかりしないで、少しは相談に乗ってくれないか」
「ああ、いいよ。友情プレイの後でね」
「そうじゃない。今だよ、今」
「今は俺は気分が高まっている」
「だから止めてくれと。僕はそんな気分じゃないんだ」
「そうなのか。分かった。話を聞こう」
「先ず、押し当ててるそれを離してくれないか。気が散る」
「分かった。いいだろう」
「それでいい。実は何もかもが厭になっているんだ」
「何が?」
「今の相良高校の全てが。そして大人や社会の全てが」
「大人や社会は皆、クソだ。当たり前のことだ。何を高望みしているんだ」
「人間不信になってきた。何もかもが信じられない」
「信じるに足る人間なんて、殆ど居ない」
「そう達観出来ない。僕は独りでは生きてゆけない。何か信じられるものがないと」
「弘之、例えば俺を信じてみたら。裏切らないよ」
「そうかもしれない。友情は確保出来ている。でも他には何一つないんだ」
「両親や教師が厭だと言うんだろう。大丈夫だ、誰でもそう思っているから」
「そうじゃない。そんなレベルではないんだ。相良高校は勿論、大嫌いだ。でもそれに留まらない。この社会そのものを憎悪しているかもしれない。人間不信じゃなくて、人間憎悪だ」
「大丈夫か。大分鬱になっているみたいだけど」
「鬱だろうね。双極性障害かもしれない。いや、それよりも発達障害の一種の表れかもしれない」
「何だろうと、俺は構わない。兎に角全部吐き出してみなよ」
「競争ということが、鍵概念なのは新自由主義か。互いの競争による成長ということは理解出来ても、それは心底からの憎悪の対象だ。他人を潰してでも己がのし上がるという思想、現代の大多数の原理はでも、汚らしい我利我利の物欲に過ぎない。利他の思想というものは、其処には何処にもないんだ。此処からは社会福祉思想だって、全く発生しないと思う。それにまた、現代社会を裏で牛耳っている言語哲学。これのせいで全ての物事は、排除によって定立される、ということになってしまうんだ。経済学と言語哲学、この二つが現代社会の主流をなすことで、競争と排除が一般化してしまう。各国の紛争だって、この二つの害悪が原因かもしれない」
「ふぅーん、なる程……」
「矢っ張り、僕は鬱になっていると思う?」
「どうだろうね……俺に言わせれば、思春期特有の物思いに過ぎないけれど」
「程度は軽いと思うの」
「大丈夫だと思うけど。しかし程度というのは病気の程度のこと?」
「分からない。自分では分からないんだ、何もかも」
「そうか、うーん、そうだな……俺にアドバイス出来ることは、恐らく一つだろう」
「それは何?」
弘之は晃司の方に身体ごと振り返った。その際に、陰部の先端が晃司の掌に触れた。晃司はそれを優しく握りしめた。
「俺達、高校生はまだ最下層に居ると考えられる。社会的な奴隷の階層だ。だから、階層移動すればいい訳だ」
「方法は?」
「俗っぽい考え方と同じ」
「つまり?」
「しっかり勉強して、少しでもいい大学に入学する」
「それで階層移動出来るの」
「そうだ、アスファルトにツルハシを打ち込む奴隷階層から解放される」
「大学入学というのはそういう意味を持っているんだね」
「そうだ、だから他人との競争は一切考えるな。眼をつむって敢えて他人を見ずに、独り自分だけの階層移動のためだけに勉強する。そうすれば幸福が手に入るんだ。こんな非情社会だからこそね」
弘之は頷いた。
「それは分かる。でもそれはまだ充分じゃない」
「何故?」
「大学を卒業して、エリートになっても、企業に就職すれば、また矢張り企業の奴隷になるだけだ」
「それは言える」
「労働者は搾取され、やがて窮乏化する」
「労働者は疎外される」
「それじゃ、どうすればいい」
「政治改革しかないのかな」
「それはまだ見ぬユートピア」
弘之は首を振った。
「それはまだ充分じゃない。中国がユートピアだとでも思うのか」
「それは、中国が不十分なのじゃないか」
2
放課後の相良高校、がらりとした教室には晃司と麗子しか居ない。夕闇が近付こうとしている。夏の明るい夕刻は既に遙か彼方。秋の夜長は始まっていた。
晃司は、麗子の机まで近寄ってきた。
「麗子さん」
「ああ、晃司さん」
麗子はその美貌を和ませた。
「独りだね。居残りかい」
「ええ、英語の小テストで落第点だったから、追試を受けたの」
「そうか、俺はそれには合格したけど、独りで復習していたんだ」
「弘之さんは? いつも一緒なのに」
「弘之は先に帰った。体調が良くないんだ」
「そう、季節の変わり目だから気を付けなくてはいけないわね」
「そうだな、もうじき冬が来る」
「今年の冬も寒いのかしら」
晃司は麗子の顔を覗き込んだ。
「麗子さん、君はあの大企業竹田製薬の社長の娘というのは本当なの?」
「ええ」
「そうか、驚いたな。そんな令嬢がこの学校にいらっしゃるなんて」
「驚くことはないわ。この学校、医者の息子さんとか多いじゃない」
「確かに、階層の高い生徒は多いな」
「私もその一人というだけ」
晃司は表情を変えた。
「麗子さん、俺と付き合ってくれないか、将来を前提に」
「何よそれ。将来を前提にというのは」
「麗子さん、俺は真剣なんだ。俺は早稲田か慶応に行く。必ず、君に不釣り合いでないようになるから」
「晃司さん、私達まだ高校二年生なのよ」
「そんなこと、構うものか。今度の日曜日、デートしないか」
「それは構わないけど」
「約束だぞ」
更に夕闇が迫ってきた。晃司は教室の電灯を付けた。
3
1週間後、冬間近の夜の街路。
麗子は再び、英語小テストで赤点を取り、学校に居残りした。帰りがすっかり遅くなってしまった。
週の中日で、週末の雑踏もなく、人通りは殆どなかった。
常夜灯の蛍光灯が切れていて、不気味に点滅した。辺りは闇に包まれていた。
一陣の風が麗子のスカートを跳ね上げた。冷気を含んだ風だった。
麗子は不意に、異様な殺気を背後に感じた。
麗子は振り返ろうとした。
しかし、途中で身体が停止した。
背後から、何者かの手の裡で、キリキリと太い針金が伸ばされた。
何者かの手は、後方から、素速く麗子の頸に針金を巻き付けた。
針金をキリキリ引っ張り、麗子の喉を絞めた。
麗子はくぐもった声を挙げ、口から血を吐いた。
殺人者は、弘之だった。
「……晃司を誘惑したね。死んで貰うよ……晃司は君と結婚する気にまでなっていた。僕を裏切り、資本家になるつもりだったんだ……」
麗子は断末魔に藻掻いたが、やがて絶命した。
4
「ハア、ハア、ハア……」
「アッ、アッ、アッ……」
「ハア、ハア、ハア……」
「アッ、アッ、アア、出ちゃう……」
深夜、弘之のアパート。
二人は絶望的に愛し合った。
弘之の人生に暗闇が訪れた。
晃司にもどうすることも出来なかった。再び全裸の二人はベッド上で抱擁した。
「僕、人を殺してしまった」
「誰にも見つからなかったんだろう」
「僕はもう終わりだ」
「いや、きっと逃れられる。麗子を殺した犯人は見つからないさ」
「証拠は何も残していないつもりだけどね」
「なら、大丈夫だ。弘之は捕まらない」
「僕、あの女が憎かったんだ。僕の晃司を横取りして」
「分かるよ。しかし麗子とはキスしかしていない」
「将来を約束し合ったんだろう。奴隷を逃れて、資本家に座るつもりだったんだよな」
「そうだったが、俺はバイだ。弘之と別れるつもりはなかった」
「それじゃ、僕は全く無駄に手を血に染めたの?」
「もう忘れるんだ。捕まりさえしなければ、何事もなかったのと同じだ」
「僕、懺悔して、宗教に贖罪を求めようかな」
「嗚呼、宗教はいいと思う」
「キリスト教、それとも仏教?」
「どちらでも良いが、宗教は死に方を教えるものだ」
「生き方ではないの」
「全て諦観して、死んだように生きる」
「浄土真宗でいいかな?」
「念仏を唱えるか。不殺生は仏教にはあるが、悪人正機説だ。そして他力本願で浄土に救済を求める」
「南無阿弥陀仏……」
「南無阿弥陀仏……」

