予告通り、その晩10時きっかりに
皇から電話がかかってきた。

『こいつとは絶対に合わねぇ』
って思ってたけど、
腹を割って話してみると、
案外そうでもなかった。

むしろ好きなサッカーチームやら、
アーティストやら、
果ては好きな本まで被っていて
かなり盛り上がってしまった。

その最中に執事の篠原さんが部屋に入ってきて

「椿お嬢様、11時になりましたので
就寝のご用意を」

と促された。

「そういうわけで、
俺んちスマホを使えるのは11時までなんだよ。
11時になったら執事の篠原さんにスマホを預けて
寝なきゃならない決まりなんだ」

俺の言葉に、
スマホの向こうの皇が沈黙した。

「そう……なんだ」

明らかに藤堂家のルールに
ちょっと引いている感じだった。

「だから、もう切るな。
明日学校で……」

しかし俺としては
どうしようもないので、
通話を終わらせにかかる。

「えっ……ああ、うん。
おやすみ……なさい……」

皇は狼狽えたような、
そしてちょっと元気がないような
口調だった。

◇◇◇

藤堂椿との通話が途切れた。

僕は呆然と
今まで藤堂椿と
話していたスマホを見つめる。

いや、あの……わかる……わかるよ?
篠原さん。
僕達は未成年だし、
長時間のスマホ使用が
色々と悪影響を及ぼすってことはさ。

だけど10年の歳月を経て、
ようやく雪解けを迎えた僕達の語らいを……
そんな……そんな情、容赦なく
遮断しなくてもさ……。

ああ、恨めしい。

僕はベッドに身を投げ出して天井を見つめる。

「藤堂椿に……会いたい……」

思わずそう呟いてしまった。

さっき電話を切ったばかりなのに、
我ながらおかしなものだなと思う。

甘やかな胸の疼きに耐えかねて、
身を捩り、

「ああクソっ! 強烈だな」

僕はベッドの上で手足をバタつかせる。

だけど意中の彼女はといえば、
多分、爆速で熟睡していると思う。

そんな彼女を想像すると、
ちょっと笑えた。

『藤堂椿が、
今日僕の彼女になった』

「ああクソ! 
死ぬほど嬉しいっつうの!」

僕は頭から布団を被って絶叫する。

◇◇◇

「キャー、愁夜さま」

これは毎朝のことなんだけど、
車を降りると、僕は校門の前に待機している
女の子たちの
甲高い叫び声に迎えられる。

正直僕は、
そんな女子たちが好きではない。

僕がどうこうっていうより
皇家に対して媚を売っているような気がするから、
どうしたって生理的な嫌悪を抱いてしまうのだ。

「ごきげんよう、皇様」

そんな中で僕の彼女、もとい、
藤堂椿は今日も絶賛塩対応だ。

彼女は媚びない。

そして僕の彼女になっても、
僕に対する態度を
まったく変えない。

なんか……昨日の僕達の交際宣言を、
なかったことにしてない?

そんな気がしないでもない。

「おはよう、藤堂さん。
昨日はよく眠れた?」

だが、敢えて尋ねてみる。

一縷の望みを抱いて。

「ええ、とても快眠でしたわ」

彼女は憎たらしいほど
眩しい笑顔を、返してくれた。

ええ、そうでしょうね。
わかっていますとも。

僕は彼女に隠れてこっそりと幻の涙を拭った。

彼女を教室に見送ると、
いつものように彼女のまわりに
わっとクラスメートが押し寄せて、

彼女が楽しそうに笑う。

そんな彼女を遠くから見ていると、
何だが胸の奥がキュッとなった。

それは『僕の彼女』ではなく、
『みんなの藤堂さん』の顔だったから。

いや、それも含めて彼女なんだと、
僕はちゃんと分かっているつもりなのに……。

それでも……この胸に
ちりちりと燻っているいるのは
嫉妬という感情なのだろうか。

僕ヲ 見テ。
ヨソ見ヲ スルナ。

不意にそんなどす黒い感情が込み上げてきて、
僕は彼女から目を反らした。

自分の教室に入ると、
クラスの女子たちが盛り上がっていた。

「どうしたの?」

そう問うと

「愁夜さまは、今度の宿泊学習の自由時間は、
どなたとご一緒なさるのですか?」

女子たちがキラキラした瞳で聞いてきた。

「いや……まだ、
特には予定を立てていないけど……」

それがどうかしたんだろうか?

「でしたら、是非わたくしとっ!」

一人の女子が自信満々で名乗りを上げると、

「何を言っているの? 
愁夜様があなたなんかとご一緒
するはずがないじゃないっ! 
恥を知りなさいよ、恥をっ!」

他の女子がブチ切れて
一触即発の状態である。

「まあまあ」

毎度のことながら、
一応たしなめては見るが、
正直うんざりする。

とりあえずその場をおさめて
そのあと友人に事情を聞いてみると、

なんでも一年生のときに行われる
宿泊学習っていうのは、
うちの学園において、
恋愛ごとの超重要行事らしい。

この宿泊学習のときに
多くのカップルが成立し、
行動をともにすることで、
お互いがステディーな関係であることを
まわりに公にするらしいのだ。

うちの学園は
カップルで参加しなくちゃならない行事が
たくさんあるから、
ここで出遅れると、
後々結構大変になってくるらしい。

まあ、そもそも超名門私立高校なわけだから、
それこそ家柄、資産ともに抜きん出た家の
令息令嬢たちが、わんさと集っているわけで、

ここで成立したカップルが、
将来結婚するなんてことも珍しくないらしく、

それこそみんな血眼だった。