「帰ろっか。
送っていくよ」

そう言って、皇が俺に笑いかけた。

それはいつもの皇のようであって、
少し違うような気もする。

「歩いて帰ろっか」

皇の少し意外な提案に、
俺は小さく頷いた。

今自分は心がひどく乱れていて、
上手に藤堂椿の仮面を被れない。

「もう少しだけ、
君と話がしたくってさ」

そう言って皇が俺の隣を歩く。

俺達は、
いつもより、少しだけ距離が近かった。

そんな皇を、俺はまじまじと見つめた。

俺よりも高い身長、
俺よりもしっかりとした骨格、

こいつ、細身のくせに結構筋肉あるよな。

そんなことをぼんやりと考えた。

中学2年の春に
こいつに身長を抜かされたときは、
正直めちゃくちゃ悔しかった。

それからいろんなことが、
こいつに敵わなくなって、

さっきも……。

俺はさっきこいつに掴まれた手首に
視線を落とした。

振りほどけなかった。

それは単純に力の差なのか、
それとも……

『僕は君の彼氏だから』

不意に発せられた皇の
あの発言のせいなのか……。

自分の中で判断がつきかねている。

「あのね、藤堂。
手を繋いでも、いい?」

皇にそう尋ねられて、
俺は下を向いた。

「ごめん、無理。
俺今いろいろ乱れてるから、
そういうの、マジで困る」

断りをいれたけど、

「却下」

あっさりと俺は皇に手を繋がれてしまう。

「ちょっ……おまっ……
マジでやめろ。
俺今、妙なテンションだから
そういうことをされると……」

本当に困る。

「けど、振りほどかないんだ?」

皇にそう問われて、俺はそっぽを向く。

「振りほどけ……ねぇんだよ……。
この馬鹿力!」

そう毒づくのがやっとだった。

「えっ? そう?
あんまり力、入れてないんだけどな〜?」

皇は嬉々とした様子で、
俺を煽ってきやがる。

「さっきの話……なんだけどね、
僕は被害者だなんて、思ってないよ」

皇の言葉に俺は下を向く。

あれはひどい発言だった。
こいつに対しても、
もっと言いようってものがあるだろうし、
ものすごく失礼な発言だったと思う。

「僕は『政略結婚』なんてのは、
ただの出会いのきっかけに
過ぎないって思っているから」

そういって皇は
あっけらかんと笑う。

「大切なのはそこからでしょ!」

言われてみれば
そうなのかもしれない。

そう言えば俺は、
ずっとこいつを
『政略結婚の相手』っていう
色眼鏡で見ていたな。

政略結婚だから
俺はこいつに愛されることはない。

家と家との結びつきのために
俺は利用されているに過ぎないって。

こいつはいつか俺ではなく、
ヒロインを愛し、俺を破滅に導く人。

そんな凝り固まった固定観念をもって、

ずっと意固地になって、
心に壁を作って、

こいつのこと、避け続けてた。

なんでか顔を合わせると
いっつも意地を張ってしまって、
ケンカになってしまうのだけど、

こいつにだって良いところはある。

ちょっと強引だけど、
今日もなんやかんやで優しくしてくれたし。

「その発言も含めて、
今までのこと謝るよ。
ごめん」

そう言って頭を下げた俺に、
今度は皇が目を白黒させている。

「俺、今まで政略結婚だから
お前に嫌われてるんだって
ずっと思い込んでたんだ」

俺の言葉に皇が固まった。

「初対面でお前にブスっていわれたし、
その後もとにかく顔を合わせれば
ケンカばかっかりだったからさ、
正直『そんなに嫌なら、
皇の側からさっさと婚約破棄して
くれたらいいのに』って、毎日思ってた」

俺の言葉に皇がめりこんでいる。

「その件に関しては……
全面的に僕が悪かった。
ごめん」

そして皇が謝った。

「けど僕は君のこと……
キライじゃないよ」

二人の間に微妙な間ができる。

なんか一瞬、
その言葉にものすごい重いものを
感じたような気がしたが、

「そうかよ」

俺はそっぽを向いてそう受け流すことにした。
なんか掘り下げて知ってしまうと、
ちょっと怖いような気がする。

「僕はね、素を晒せる相手が、
君しかいなかったんだ」

皇が下を向いた。

「君も僕の前でだけは、
素の自分を晒してくれるから、
それがとても嬉しかったんだ」

ああ、そうだったんだ。
皇の言葉がなんか、妙に腑に落ちた。

俺はこいつに嫌われるために
100%素を晒し続けた。

そうすると
こいつも俺の前では
素を晒し、結果仁義なき
どつき合いに発展するわけなのだが、

それでも俺達はいつだって
自分を偽ることをしなかった。

「それが僕には救いになっていた部分があって。
君には申し訳なく思っているよ」

そうこうしている間に、
俺んち、すなわち藤堂家が見えてきた。

「じゃあ……な」

そう別れを切り出すと

「えっ……ああ、うん」

皇もぎこちなくそれに応じる。

「今夜10時に電話するから」

別れ際にそう言われて
俺は戸惑う。

「っつうか、何話すの?
俺とお前で……」

敢えて尋ねてみた。

誤解はとけたとはいえ、
生来の相性が良いとは決して思えないのだが。

「別に、何でもいいんじゃない?
お互いのことを知ることができるなら」

そう言って皇はひらひらと僕に手を降った。

「言っとくけど……俺は口下手だからな!
ぺらぺらしゃべるのは得意じゃねぇんだよ。
だからあんまり、期待すんなよな」

僕の言葉に皇がプッと吹き出した。

「笑うな!
 失礼なヤツだな」

そう釘を刺しても
まだ笑っている。

「いや、ごめん。
君があんまり可愛かったもので……つい」

皇はまだ笑っている。

だけどなんだかとても幸せそうに笑うので、

今日だけは特別に……
許してやるよ。