「うっま〜い!」

勢いよくハンバーガーにかじりついた
藤堂椿がご満悦だ。

「えっ、あっ、そう?」

彼女の予想外の反応に、
正直僕は驚いている。

「この店、よく来るの?」

僕は用心深く彼女に探りを入れる。

今後のプランがあるからね。
情報は多いほうがいい。

「ううん、初めて(今世では)」

彼女は小さく首を横に降った。

「本当はずっと来てみたかったんだけど、
お母様に叱られるから」

彼女はしょんぼりと肩を落とすが、
まあ、彼女ほどの名家の娘なら
仕方のないことだろうな。

「僕はけっこう来るよ」

そう言うと、

「えっ、そうなん?
なんか意外だな」

今度は彼女が目を丸くした。

「うちはここの系列の企業と
資本提携を結んでいるからね。
株式を保有していて
その恩恵で優待券がもらえるんだっ!」

ちょっと声が上ずってしまった。

「ほぇ〜、そうなんだ」

そう言いながら彼女はセットの
オレンジジュースをずずっと啜った。

「だからっ……僕をだしにしたら……いいよ」

死ぬほど勇気を出して、
言ってみた。

「ほえっ?」

彼女がぽかんとしている。

「いや……だから、その……。
僕をだしにしたら、
親に怒られずに君は
この店に来ることができるだろ?」

空気が薄いっ!
ここは本当に地上なのか?

血圧は上昇するし、
不整脈は出まくるし、

彼女と一緒にいると、
僕は確実に寿命が縮まる気がする。

「えっ、あっ……うん、ありがとう」

僕の顔を見つめて、
やっぱり彼女は目を丸くしている。

「どっ……どうした、お前、
なんか変なモノでも食ったのか?」

そして真顔で僕の心配をする。

「食べてないし……」

僕はがっくりと肩を落とす。

「じゃあ、なんで……
そんなに優しいんだ?」

そう問われた僕の心臓が跳ねる。

脈拍、心拍数ともに上昇中……。

ダメだ、耐えられない。

クラクラする。

「た……タダだからね。
特権は有効活用しないとって、
そっ……それだけだからっ!
僕が優しいとか、かっ勘違いするなよな」

アア、僕 ハ マタ 
同ジ 過チ ヲ 犯ス ノカ?

例によって僕は頭が宇宙遊泳モードに突入する。

「勘違い……か。
そりゃあ、まあそうだろうな」

彼女が腑に落ちたという風に、
妙に納得している。

いや……違うんだ。
本当の本当は勘違いじゃなくて……だな。

頼むから理解して……。

っていうのは酷な話だよな。

僕はいつもの堂々巡りを繰り返す。

「それでもさ、
俺はお前がそう言ってくれて
嬉しかったんだ。
だから、ありがとな」

そう言って彼女は二カッと白い歯を見せて
男前に笑った。

「ああ、もう……」

僕はテーブルに突っ伏して撃沈した。

「どうした? やっぱり体調が悪いのか?」

彼女の心配そうな声がするけど、
僕は顔を上げられない。
けど多分耳まで真っ赤になってると思う。

「ち〜が〜う〜!
だけど僕は君の彼氏だからっ!」

思わず心が溢れてしまった。

「えっ?」

僕の言葉に、彼女が動揺し、
テーブルをガタンと揺らした。

「こら、逃げるな!」

僕は下を向いたまま彼女の手首を掴む。

長年の経験上、
こういうときの彼女の行動パターンは
手に取るように分かる。

「いや、あの、えっと」

予想通り、彼女がパニクってる。

「逃げないで、聞いて。お願い」

僕がそう言うと、
観念したように彼女の身体から力が抜けた。

「婚約の件は、君の意思を尊重して妥協した。
だけど僕は君の彼氏だ。
そのことを妥協するつもりはないから」

僕が顔を上げて真っ直ぐに彼女を見つめると、
彼女の表情に痛みの色が過った。

「だから何かあったら、
必ず僕に連絡して欲しいんだ。
君が行きたい店があるなら付き合うし、
僕への愚痴でも不満でも、
何でも聞いてやる!」

掴んでいる彼女の手首が、
少し震えていた。

「だから僕から逃げるなよ。
ちゃんと向き合えよ」

そう告げる僕の声も震えている。

本当の心を晒すのが、
こんなにも恐ろしいものだなんて
思ってもみなかった。

相手の反応の如何では、
致命傷を負いかねないものなぁ。

「そっ……それは、
藤堂が……皇の……
ビジネスパートナーだからなんだろ?」

彼女の声が震えている。

泣き出す前の子供のように
ひどく不安定に震えている。

「それは事実だ。否定はしない、けどっ……」

さて、どう言葉を紡ぐ?
どうすれば彼女に伝わる?

「なら、それは単なる業務命令ってこと……だよな。
いいぜ? やってやるよ。お前の彼女役。
演じることは得意なんだ。
お前もそうだろ?
せいぜいお前の面子を潰さないように
上手に演じてやるよ」

それはすごく冷たい言葉だった。

だけどそれは彼女の心の
凍てついた深い部分から発せられた叫びでもある。

彼女もまた心の深い部分を凍てつかせて、
自分の心を守っているんだろうなって思った。

心を凍てつかせ、あるいは仮面を被って、
そうしないと、とてもじゃないが
乗り越えられないものっていうのが
僕達の間には確かにある。

「ああもう、ごめんっ!
今の無し! 取り消す。
俺、最悪なこと言った」

彼女が俺に頭を下げた。

「家と家との婚姻なんて、
お前も被害者だって、
俺、ちゃんと分かってるつもりなんだけど……」

彼女はひどく自分の発言を悔いて、
思い乱れている。

僕はそんな彼女の手を取って、
その甲に口付けた。

「えっ? 何?」

もはや彼女は驚きすぎて、
挙動不審になっている。

「ちゃんと言えたな、藤堂椿。
えらいぞ!
僕への愚痴でも不満でも
何でも聞くと言っただろう?」

そう言ってやると

「ふぇっ?」

彼女は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。