こうして俺達は付き合うことになった。

便宜上な。
あくまで便宜上だからな。←ここ重要。

個人的な交際には、
法的なものは関わってこないから
気分は楽だ。

このあとヒロインが現れても、
俺が身を引けばいいだけの話だしな。

「はい!」

皇が唐突に俺の前に手を差し出した。

「何?」

俺は目を瞬かせた。

「スマホを寄こせ。
プライベート用のやつな」

???
頭に疑問符が過る。

「なんで?」

思わずそう問うてしまった。

「僕の番号を登録する」

皇の言葉に、俺は後ずさる。

「えっ……なんで?」

おっ、落ち着け。
皇よ、
そして思い出せ!
俺たちは決してそんな間柄ではないよな?

俺、10年間、そうならないように
必死にお前との距離を保ってきたよな?

とはいえ、うちとお前ん家とはビジネスパートナーだから
別に揉めたいわけではなくて、

付かず離れずの微妙な距離感を
今日まで必死に保ってきたよな?

そんな俺たちがなぜ今更、
電話番号の交換なんて
しなくちゃならないんだ?

「付き合っているからだろ!」

皇がちょっとキレ気味に言った。

「いつも通り用事のあるときは、
藤堂の屋敷のほうに
かけていただければ……」

それでも結構な頻度で
かかってくるけれどもっ!

「昭和かよ!
って執事の篠原さんが出るだろう?
毎回決まって。
よし、わかった。
僕専用のを持たせる」

そう告げる皇の目が据わっている。

「えっ? いらねぇし」

俺は拒否権を発動したが

「はっ? 聞こえんな!」

あっさりとスルーされた。

「放課後までには用意するから、
逃げるなよ」

皇がドスの利いた声でそう言った。

「えっ? 
あっ……あははははは……」

笑って誤魔化せる……
わけでもなさそうだな。

◇◇◇

僕と藤堂椿とは、
クラスが異なる。

彼女の教室の前まで歩いていくと

「それでは皇さま、
失礼いたしますわ」

彼女はさっきまでの完全プライベート用の顔から、
完璧令嬢、藤堂椿の顔に戻る。

名門、藤堂家の令嬢としての立ち居振る舞いは
さすがだと思うけれど、

本質的には僕の前だけで晒す、
完全プライベート用の本性も

ちょっと口が悪くなる程度で、

さほど変わらないんじゃないかって、
僕的には思っている。

根本的にお人好しで
人によって使い分けるとか、
そういうのがそもそもできない人っぽい。

彼女が教室に入っていくと、
わっとクラスメートたちが
彼女を取り囲んだ。

彼女は男女問わず人気がある。

女子だけでなく
気さくに男子とも軽口を叩きあう。

そういう意味ではこの学園にありがちな
気位の高い令嬢たちとは
ちょっと毛色が違う。

それでいて……

教室の隅で本を読んでいる
地味な女の子をからかった男子を
拳を振り上げて追いかけ回している。

「ああ、またやってる」

そう思うと
笑みが自然に溢れてしまう。

彼女が男子生徒の前ではらりと洋扇子を開き、
例のポーズを決めると
男子生徒は土下座して彼女に詫びた。

ああやって、自ら悪役を演じながら、
弱きを助け、強気を挫く。

変わらないなあ。

口は悪いけど温かくって、

見た目の割に正義感が強くって、

間違っていると思うことには
決して屈しない。

初めて会ったときからそうだ。

そういう彼女の凛とした強さを
心から愛おしいと思う。

まあ、もっとも彼女はただのお人好しなので
本物のヒールとして
後で僕があの男を
シメておこうと思う。
牽制の意味も込めて。

ああいう風に
人に囲まれている彼女を見るのは、
正直あまり好きじゃない。

否が応にもその輪の中に入ることのできない自分を
痛感してしまうから。

彼女は僕のことを好きじゃない。

そりゃあ、そうだろう。

彼女はいわば、
藤堂家の勢力拡大のための生贄として
皇家に差し出されるようなものだもの。

彼女も年頃の女の子として、
普通に誰かに恋をして、付き合ってって、
そんな恋愛を夢に見たって
全然不思議じゃない。

ただ僕は、
そんな彼女に10年間片思いをしている。

これがまあまあキツイ。

彼女の気持ちを思えば、
進むことも
そして自分たちの置かれた立場を考えると
留まることも許されない。

そこで思案を重ねた結果、
これはもう、
『彼女の心を落とすしかない』
という結論に至ったってわけだ。

いずれにしても、
彼女を不幸にするわけにはいかない。

ならば彼女を落として、
僕にメロメロ(死語)にさせてから
事を進めれば万事うまくいくわけだ。

嫌な言い方かもしれないけど、
それはもし僕が彼女のことを好きでなかったなら、
多分簡単なことだったと思う。

だけど10年間彼女にガチ恋をして、
しかもこじらせまくっているこの僕にとっては、
軽く絶望を覚える状況だったりする。

「はぁ〜、ほんと、どうしよう」

僕は小さくため息を吐いた。

◇◇◇

そして放課後になった。

俺は前後左右を確認の上、
ロッカールームにダッシュするが、

「藤堂様、こちらを」

皇家の執事に捕まり、
一輪の白薔薇を渡された。

「えっ、なにこれ?」

俺は白薔薇を受け取りながら、
恐る恐る尋ねた。

「愁夜さまからの呼び出しです」

やっぱりねっ!

しかし俺は絶望感に苛まれると同時に
ふと疑問が頭によぎった。

「えっ? あいつ白薔薇を鞄に入れて
登校してんのか? どんな高校生なんだよ」

白薔薇を渡して誰かを呼び出すとか、
確かに昔の乙女小説にはあるかもだけど、
現実にそれを目の当たりにすると
流石にちょっと引くなぁ。

その薔薇一体どっから持ってきたの?
とか普通に疑問なんだけど。

「あほっ! 僕の執務室に生けてあるものだ。
妙な想像をするな」

いつの間にか俺の後ろに立っていた皇に、
軽く頭を叩かれた。