その場が騒然となった。
「まあ、なんということを!」
僕の母が、ヒステリックな声を上げると
「申し訳ございませんっ!」
先方の両親が、平身低頭に頭を下げた。
「椿、あなたも謝りなさいっ!」
母親にきつくそう言われても、
彼女は腕を組んで、
ふんっと顔を背けた。
「いいえ、お母様、
わたくしは謝りませんわ。
先に暴言を吐いたのはそちらではありませんか」
気の強い女だと思った。
だが、道理はちゃんと通っている。
たかだか齢6歳のくせに
この状況で周りの圧力に屈せず、
僕を皇家の跡取りということで
特別扱いもしない。
そんな彼女の凛とした強さもまた、
好ましいと思った。
「ふんっ、これだけ暴れりゃ、
婚約の話も破談になるだろうよ」
彼女は僕にだけ聞こえる声で
小さくそう呟いて黒い笑みを浮かべた。
「へ〜え、それが君の狙いなんだ」
そう言って僕もニッコリと彼女に笑いかける。
もちろんこの婚約を破談になんてさせやしない。
だって僕は君に運命を感じてしまったのだからね。
僕は拳で口元を拭い、
立ち上がった。
「謝る必要はありません、藤堂さま。
ですがこの件については
相応の慰謝料を
いただくことにします。
何せ彼女は皇家次期当主である
この僕に手を上げたのですから」
そう言って藤堂家の当主に微笑んでやると、
ご当主は震え上がった。
「あの……それは……
一体如何程になるのでしょうか……?」
ご当主の顔は青ざめ、ちょっと涙目になっている。
「なあに……」
僕は藤堂椿の肩に手をかけて、
唇を奪ってやった。
「ふごぉっ!」
藤堂椿は不意打ちを食らって、
白目をむいて失神している。
「お嬢さんの唇ですよ」
そう言ってやると、
安堵のためにご当主はその場にへたり込んだ。
ちょっとビビらせ過ぎたか?
そんな気がしないでもないけれど、
ここで一発かましておけば、
後の話が楽になるだろう。
「これで手打ちといたしましょう。
それと僕と椿さんの婚約を
弁護士を通して
書面にしていただけませんでしょうか?」
僕の申し出に、
藤堂家の両親がぽかんとした顔をしている。
あれ? 僕何かおかしいことを言ったか?
「ちょっと待て!
勝手に話を進めてんじゃねぇぞ!
お前、さっき俺のことを
ブスって言ったじゃねぇか!」
藤堂椿がムックリと身体を起こして、
反論する。
僕はその言葉に、かっと全身が熱くなった。
(そうじゃなくて、
めちゃくちゃ、可愛いって思ったんだよ。
それでパニクって、
どうしていいかわからなくなって、
それでポンって出た言葉なんだけど)
正直、僕は
この気持ちを
彼女にどう伝えていいのかわからない。
「そっそれは……言葉のあやっていうか、
その……つまり……復讐? みたいな?
えっと……君はこの僕を殴ったんだよ?
それがどういうことかちゃんと分かっている?
ふ、ふんっ!
この僕に跪いて生涯をかけて償えよ!」
(アア、僕ハ一体何ヲ言ッテイルンダロウ?)
僕の思考回路が、宇宙遊泳している。
「はっ、はあ?
あんだと?
表出ろやコノヤロー」
あっヤバい、藤堂椿がキレた。
僕はちょっと涙目になって、
僕の専属執事の水無瀬に
助けを求めた。
「え〜、コホン。
愁夜様のお言葉を要約いたしますと、
つまり
『椿様のことを大変気に入りました。
つつがなくこの婚約を進めてください』と
そういうことでございますね? 愁夜様」
改めて第三者に言語化されると、
死ぬほど恥ずかしいんですけど。
「それを言ったら身も蓋も……」
僕は小さくそう呟くのが精一杯だったが、
藤堂の両親は小躍りせんが如くに喜んでいる。
こうしてこの日、僕達は互いの両親立会のもと
正式に婚約の証書を交わしたのだった。
◇◇◇それから10年の月日が過ぎた◇◇◇
俺達は高1になった。
『私立鳳凰学園』
俺はそっと校門に掲げられた
銘板に触れた。
ここが前世で愛読していた乙女小説
『冷たき星のもとに』の舞台となる場所なのである。
ここでこの話のヒロイン高山葉月は皇愁夜と出会い、
結ばれる。
そして俺、藤堂椿は……。
銘板の硬く冷たい感触に、
俺は自分の運命を重ねた。
車が止まる音がして、
その人物が降りてきた。
「キャー、愁夜さま!」
あっという間に女生徒たちに囲まれては、
歓声を上げられている。
「けっ!」
俺はそんな喧騒を見なかったことにして
くるりと背を向けて、足早に校舎へと向かう。
「おはよう! 藤堂さん」
10年という歳月を経て、
皇愁夜は完璧なイケメンへと成長した。
「ごきげんよう、皇さま」
俺も完璧令嬢、藤堂椿を演じるべく
笑顔を取り繕う。
「はぁ〜、鳳凰学園の王子と姫かぁ〜、
絵になるわ〜」
どこからともなくそんな声が聞こえてくると、
皇をとりまく女生徒たちがすっと引いて
皇は俺と並んで歩き出す。
「今日はいい天気だね、藤堂さん」
俺達が話題にできるものは、
天気くらいしかない。
そんな間柄だ。
「ええ、そうですわね」
何だ? 洗濯でもすんのか?
とりあえず話をうけて、流しておく。
「そろそろ結婚しようか」
そのセリフに俺は蹴躓いた。
「はっはあ?
お前頭沸いてんのか? ぶち殺すぞ」
あまりの衝撃に
うっかり素が出てしまったではないか!
「まあ、なんということを!」
僕の母が、ヒステリックな声を上げると
「申し訳ございませんっ!」
先方の両親が、平身低頭に頭を下げた。
「椿、あなたも謝りなさいっ!」
母親にきつくそう言われても、
彼女は腕を組んで、
ふんっと顔を背けた。
「いいえ、お母様、
わたくしは謝りませんわ。
先に暴言を吐いたのはそちらではありませんか」
気の強い女だと思った。
だが、道理はちゃんと通っている。
たかだか齢6歳のくせに
この状況で周りの圧力に屈せず、
僕を皇家の跡取りということで
特別扱いもしない。
そんな彼女の凛とした強さもまた、
好ましいと思った。
「ふんっ、これだけ暴れりゃ、
婚約の話も破談になるだろうよ」
彼女は僕にだけ聞こえる声で
小さくそう呟いて黒い笑みを浮かべた。
「へ〜え、それが君の狙いなんだ」
そう言って僕もニッコリと彼女に笑いかける。
もちろんこの婚約を破談になんてさせやしない。
だって僕は君に運命を感じてしまったのだからね。
僕は拳で口元を拭い、
立ち上がった。
「謝る必要はありません、藤堂さま。
ですがこの件については
相応の慰謝料を
いただくことにします。
何せ彼女は皇家次期当主である
この僕に手を上げたのですから」
そう言って藤堂家の当主に微笑んでやると、
ご当主は震え上がった。
「あの……それは……
一体如何程になるのでしょうか……?」
ご当主の顔は青ざめ、ちょっと涙目になっている。
「なあに……」
僕は藤堂椿の肩に手をかけて、
唇を奪ってやった。
「ふごぉっ!」
藤堂椿は不意打ちを食らって、
白目をむいて失神している。
「お嬢さんの唇ですよ」
そう言ってやると、
安堵のためにご当主はその場にへたり込んだ。
ちょっとビビらせ過ぎたか?
そんな気がしないでもないけれど、
ここで一発かましておけば、
後の話が楽になるだろう。
「これで手打ちといたしましょう。
それと僕と椿さんの婚約を
弁護士を通して
書面にしていただけませんでしょうか?」
僕の申し出に、
藤堂家の両親がぽかんとした顔をしている。
あれ? 僕何かおかしいことを言ったか?
「ちょっと待て!
勝手に話を進めてんじゃねぇぞ!
お前、さっき俺のことを
ブスって言ったじゃねぇか!」
藤堂椿がムックリと身体を起こして、
反論する。
僕はその言葉に、かっと全身が熱くなった。
(そうじゃなくて、
めちゃくちゃ、可愛いって思ったんだよ。
それでパニクって、
どうしていいかわからなくなって、
それでポンって出た言葉なんだけど)
正直、僕は
この気持ちを
彼女にどう伝えていいのかわからない。
「そっそれは……言葉のあやっていうか、
その……つまり……復讐? みたいな?
えっと……君はこの僕を殴ったんだよ?
それがどういうことかちゃんと分かっている?
ふ、ふんっ!
この僕に跪いて生涯をかけて償えよ!」
(アア、僕ハ一体何ヲ言ッテイルンダロウ?)
僕の思考回路が、宇宙遊泳している。
「はっ、はあ?
あんだと?
表出ろやコノヤロー」
あっヤバい、藤堂椿がキレた。
僕はちょっと涙目になって、
僕の専属執事の水無瀬に
助けを求めた。
「え〜、コホン。
愁夜様のお言葉を要約いたしますと、
つまり
『椿様のことを大変気に入りました。
つつがなくこの婚約を進めてください』と
そういうことでございますね? 愁夜様」
改めて第三者に言語化されると、
死ぬほど恥ずかしいんですけど。
「それを言ったら身も蓋も……」
僕は小さくそう呟くのが精一杯だったが、
藤堂の両親は小躍りせんが如くに喜んでいる。
こうしてこの日、僕達は互いの両親立会のもと
正式に婚約の証書を交わしたのだった。
◇◇◇それから10年の月日が過ぎた◇◇◇
俺達は高1になった。
『私立鳳凰学園』
俺はそっと校門に掲げられた
銘板に触れた。
ここが前世で愛読していた乙女小説
『冷たき星のもとに』の舞台となる場所なのである。
ここでこの話のヒロイン高山葉月は皇愁夜と出会い、
結ばれる。
そして俺、藤堂椿は……。
銘板の硬く冷たい感触に、
俺は自分の運命を重ねた。
車が止まる音がして、
その人物が降りてきた。
「キャー、愁夜さま!」
あっという間に女生徒たちに囲まれては、
歓声を上げられている。
「けっ!」
俺はそんな喧騒を見なかったことにして
くるりと背を向けて、足早に校舎へと向かう。
「おはよう! 藤堂さん」
10年という歳月を経て、
皇愁夜は完璧なイケメンへと成長した。
「ごきげんよう、皇さま」
俺も完璧令嬢、藤堂椿を演じるべく
笑顔を取り繕う。
「はぁ〜、鳳凰学園の王子と姫かぁ〜、
絵になるわ〜」
どこからともなくそんな声が聞こえてくると、
皇をとりまく女生徒たちがすっと引いて
皇は俺と並んで歩き出す。
「今日はいい天気だね、藤堂さん」
俺達が話題にできるものは、
天気くらいしかない。
そんな間柄だ。
「ええ、そうですわね」
何だ? 洗濯でもすんのか?
とりあえず話をうけて、流しておく。
「そろそろ結婚しようか」
そのセリフに俺は蹴躓いた。
「はっはあ?
お前頭沸いてんのか? ぶち殺すぞ」
あまりの衝撃に
うっかり素が出てしまったではないか!

