週が開けて、宿泊学習の日がやってきた。

今年の宿泊学習は、
京都で行われることになった。

俺達は学園から出発するバスに乗り込み、
自由時間に訪れる観光名所を友人たちと検索している。

「ねえねえ、椿様はどちらに行きたいですか?」

隣りに座る俺の取り巻きその1⋯⋯
もとい友人の羽山琴音が聞いてきた。

「そうねぇ、清水寺なんてどうかしら?」

とりあえず無難に定番をあげておく。

「ステキ、その近くに有名なカフェがあるので、
そこでお茶にいたしましょう」

前の席から俺の取り巻きその2⋯⋯
いや、友人の日向恵里奈が顔を出した。

うちの学園は小中高の一貫校だから、
このふたりともいい加減付き合いは長い。

二人とも気は強いが、
同時に優しさも兼ね備えた
とてもいい子たちなので、

こんな俺とも仲良くしてくれるのは
大変ありがたい。

二人でカフェの人気スイーツの
白熱トークを繰り広げているのを聞き流して、

俺はふっとバスの窓に目をやる。

バスはまだ出発はしていなくて
ちょうど隣のクラスのバスが見えた。

皇のクラスだ。

皇は相変わらず女子に囲まれて、
もみくちゃにされている。

ははっ⋯⋯
アホだな。

俺が鼻で嗤うと、
皇は席を立ち、一番後ろの端っこに移動した。

直後スマホが鳴る。
皇専用機だ。

『自由時間、どこ行くの?』

メッセージが届いた。

『知らん。まだ未定だ』

とりあえずそう返信しておいた。

そうこうしている間にバスは出発し、
皇の姿は見えなくなった。

バスの前方の方から声がする。

「ううう⋯⋯僕、
もうだめかも⋯⋯」

発車数分で車酔いに打ちひしがれる
男子が出現した。

いつの世も、団体旅行にはつきものの、
あるあるである。

「ゲー、友野じゃん、
こっち来んなって!」

周りの人たちが
あからさまに彼を避けだした。

「北村くん、
わたくしと席を代わっていただけるかしら?」

俺は気分の悪くなった友野くんの隣りに座る。

「藤堂⋯⋯さん?」

体調激悪の友野くんが
青い顔をこちらに向けた。

「友野くんはバスの出発前に
酔い止めは飲んだのかしら?」

一応確認してみると、

「一応飲んだんだけど、
どうしてもバスは苦手で」

とのことだった。

添乗員さんに冷たい水をもらい、
あとは、友野くんの手の
内関と呼ばれるツボを押してやる。

「えっと⋯⋯あの⋯⋯ありがとう
藤堂さん」

友野くんがものすごく恐縮している。

「誰にでも体調の優れないときはありますもの。
どうか気になさらないで」

って言ってみるが、
友野くんはますます恐縮する。

いや、あの、恐縮せんでいいからっ!
緊張は車酔いに良くないからっ!

そうは思うんだけど、
俺って悪役令嬢キャラだからなぁ。

どうしたって周りに圧力を与えちまう。

しかし、なんだ?

さっきから俺の後ろに座る男子が

「ひっ!」だの

「ひぃぃぃっ!」だのって、

めっちゃ悲鳴を上げてるんだが。

怪談でもやってんのか?

そんなことはお構い無しに、
俺はひたすら友野くんの手のツボを押し続ける。

「どうかしら? 友野くん
少しは楽になって?」

と友野くんの様子を伺ってみたら、

「うん、だいぶ良くなってきたよ。
ありがとう、藤堂さん」

そう言って友野くんが、
にっこりと笑いかけてくれた。

「良かった。
だいぶ顔色も良くなってきましたものね」

俺もほっと胸を撫で下ろす。

「藤堂さんって
見かけによらず優しいんだね」

友野くんがうっかり本音を言ってしまった直後、

『コロスッ!』

後ろの席から、
なにやらおっかない言葉が聞こえてきた。

刹那、

「とっ藤堂さんっ!
席変わろっか。
友野くんのお世話は僕達がするよ〜、
だから、藤堂さんはこっち、ね、
みんなでウノやってるから、一緒に遊ぼうね〜」

伊藤くんと高田くんが
俺を後ろの席に連行する。

「えっ? なんで?」

俺がきょとんとすると、

「このままだと
死人が出ちゃうからさ、
この宿泊学習⋯⋯本当に⋯⋯」

っていうか何で二人とも涙目?

「なんですの? 
ミステリーですか?」

俺は腑に落ちずに顔面に疑問符を浮かべる。

◇◇◇

トイレ休憩のときに
駐車場で、ものすごい顔をした皇に出くわした。

「ど⋯⋯どうなさいまして? 皇様」

本当にどうした? 皇。

俺でも軽くビビったぞ。

「あー! 僕もバスに酔っちゃったかもー!!!」

めちゃくちゃ不機嫌な口調で言ってきた。

「って、お前乗車前に酔い止め飲まなかったのかよ?」

小声でそう問うと

「はっ、そんなもんっ」

皇は鼻で笑おうとしたが、

俺はポケットから常備している酔い止めを取り出して
皇の手に握らせる。

「過信をするな。
これを持っていけ」

皇がじっと俺を見つめる。

「どうした? 
ちゃんと水無しで飲めるタイプだぞ?
酔った後にも効果があるヤツだし」

そう言って俺が目を瞬かせると

「はあ? そんなんじゃ僕のこの気分は
全然良くならないねっ!」

皇がめっちゃブチ切れている。

「じゃあ、どうしろと?」

俺が問うと

「ソフトクリーム奢れ」

と宣う。

「ガキかよ」

俺は蟀谷を押さえつつ、
サービスエリアの売り場で
皇のお目当てのソフトクリームを買ってやった。

「味見するか?」

と皇に差し出されたから、

「おう」

と答えて俺はソフトクリームにかぶりついた。

「うまいか?」

と問われたから

「おう、クリームが濃厚でうまいな」

とこたえたら、

隣で皇が少し顔を赤らめながら
ソフトクリームにかじり付いた。

「甘い⋯⋯な」

少し目を細めて、いやに感慨深けに言う。

それから

「間接キス⋯⋯ごちそうさまでした」

と俺の耳元にかすれた声で囁いた。