場所を僕の部屋に移して、
僕は藤堂椿を抱きしめる。

「好きなだけ泣いたらいいよ、藤堂椿。
ここなら誰も見ていない」

彼女の涙を他の誰かに見せるのは嫌だった。

彼女は今、もっとも弱い部分を僕に晒している。

藤堂椿の仮面を脱ぎ捨てた、
ただの女として僕に対峙しているのだ。

そして今彼女が流している涙の原因も⋯⋯。

そこに僕は男としての甘やかな愉悦を感じてしまう。

「よ〜しよしよしよし」

僕は小さい子をあやすように
藤堂椿の背中をポンポンする。

「うえっ⋯⋯ひっく⋯⋯うえぇぇん」

藤堂椿は昔と変わらない、
派手な泣き方だ。

不意に愛おしさが込み上げて、僕は目を細めた。

っていうか現在僕達は、
すんごい体制になっている。

カウチに腰掛けた僕の上に、藤堂椿がまたがって
向かい合っている⋯⋯というか抱き合っている。

まさしく小さい子をあやす、親御さんの図なんだけど、
高校生同士でやると、ぶっちゃけエロい。

「どう? そろそろ落ち着いた?」

頃合いを見計らって、聞いてやると
藤堂椿は小さく頷いた。

「理由話せる?」

そう促すと

「⋯⋯恐い⋯⋯んだよ」

僕の胸の中で、藤堂椿がポツリと呟いた。

「何が⋯⋯恐いの?」

一瞬脳裏に、自分がやらかした数々の所業が過ぎり、
背中に変な汗をかいた。

「お前を好きになるのが⋯⋯恐い」

彼女の言葉に僕の思考回路は停止した。

「⋯⋯」

これは⋯⋯あのっ⋯⋯えっと⋯⋯
どういう心理状況なんだろうか。

頭を悩ませる。

どうやら彼女は僕のことをキライ⋯⋯
というわけではなさそうだ。

だけど好きってわけでもなくて
ギャン泣きするほど葛藤してる状態⋯⋯なわけか。

「最初に強く意識したのは、
中学生のときにお前に格闘技で完敗したときだった」

ああ、やっぱりな。

いや、もう、あれからあからさまに
彼女に避けられたものな。

「僕が君に勝ってしまったことで、
僕がただの幼馴染じゃなくて
男なんだって、意識しちゃんたんだね」

僕の言葉に藤堂椿が小さく頷いた。

ああ、クッソ! 意識しとったんかいっ!
ならばあそこで告白してたら⋯⋯。

僕は自身が送った灰色の中学校生活を思い出して、
ちょっと泣きたくなった。

「今も⋯⋯泣いちゃうほど恐いんだ?」

そう問うと、藤堂椿はやっぱり小さく頷いた。

「重要なことだから確認するけど、
君は僕が恐いわけじゃなくて、
僕を好きになることが、恐いんだよね」

少し間があって、
それからこくんと頷いた。

セーフ!
良かったーーーー!
マジ良かったーーーー!!!

僕はほっと胸を撫で下ろす。

「それならあのさ、藤堂椿、
ちょっと触ってみ?」

そう言って僕は着ていたシャツのボタンを外して
顕になった素肌に、藤堂椿の手を導く。

「はっはあ? 一体何考えてんだ? 
お前ッ!!!」

藤堂椿が真っ赤になって怒鳴った。

「いいから、触ってみ?」

僕は構わず藤堂椿の手を、僕の胸に導いた。

「ちょっ⋯⋯おまっ⋯⋯」

藤堂はその手の感触に
真っ赤になって口ごもった。

「どう?」

僕は感想を藤堂椿に求める。

「⋯⋯どっ、どうって?」

藤堂椿がテンパっている。
まあ、仕方ない。

「僕も君に負けないくらい
ドキドキしてるでしょ?」

そう言って藤堂椿を見つめると、
藤堂椿は頬を赤らめて視線を反らした。

「僕も⋯⋯恐いよ。
みんなそうだと思う。
結局のところ恋をするということは
新しい命を生み出すことに
つながっていくわけだからさ、
それこそみんな命がけだ」

そう言って、
僕は藤堂椿の髪を撫でた。

背に流す艷やかな漆黒の髪を伝って、
僕の指先が彼女の身体に触れる。

「だから恐くて当たり前なんだと思うよ」

彼女が僕の胸の中で目を閉じた。
そうして僕の手のひらの温度に
身を委ねている。

「温かい⋯⋯」

不意に藤堂椿が呟いた。

「お前の胸の中っていうのは、
こんなにも温かいんだな」

藤堂椿がしみじみとした口調で言う。

「皇愁夜っていうのは、
もっと冷たいもんだって思ってた」

その言葉に僕は瞼を閉じた。

「僕達はお互いに仮面をつけなきゃならないから、
少なからずそういう印象を
周りに与えてしまうのは仕方のないことかもしれない。
だけど⋯⋯」

僕は言葉を切って自分を制する。

「もし僕が君に出会っていなかったら、
本当にそういう人間になっちゃってたかもしれない。

人を愛するということを知らず、
人に愛されるということを知らず、

冷たい檻の中に捕らわれて、
それでも必死にもがき続ける日々の中で、

君が僕に手を差し伸べてくれたんだ。
君が僕に笑いかけてくれたんだ。

あの日から、僕の世界が変わったんだ。

君がいたから⋯⋯生きられた。

それくらい、僕はこの世界の温かなものを
全部君から貰ったんだっ!」

気がついたら叫んでいた。

言葉とともに感情が高ぶってしまい、
僕の頬にも涙が溢れた。

「ありがとう、皇⋯⋯お前、俺のこと⋯⋯
そんなふうに思ってくれてたんだな」

藤堂椿が感激に打ちひしがれている。

「すっげー嬉しい」

そして白い歯を見せて、
男前にニカっと笑う。

「そうだよ、俺、
なんにも恐がる必要なんてなかったんだよ。
なんか分かった気がする。
俺たちってさあ、これもう、きっと『親友』なんだよ」

藤堂椿が僕にまたがり、
キラッキラした笑顔を僕に向けてくる。

この女、また明後日の方向に走り出したぞ。

僕は軽く目眩を覚えた。