そして放課後、俺は皇の車に乗せられて病院に向かう。

「ちょっ、皇、お前、大げさだって!
一晩寝たら俺、完璧に治ったしっ!」

尚も俺は抵抗を試みるが、

「バカっ! 何かあったらどうするんだっ!
念には念を入れて、
きちんと診てもらっとけって!」

皇は許さない。

俺達がギャーギャー言っているうちに、
目的地の病院についた。

「お二人とも、
病院ではご静粛にお願いいたします」

皇家の執事である坂下さんに窘められて、
俺は顔を赤くした。

「すいません」

そう言って頭を下げる。

「ほら、行くよ」

皇は俺が逃げ出さないように、
ガッチリと手を繋いだ。

結構がんじがらめな感じだ。

離して、と言おうと思いながらも、
妙に気が張っている皇に、
なんだか言えないでいる。

MRIで画像を撮ったり、血液検査をしたり、
結構な時間がかかったけれども、
皇は微動だにしない。

待ち時間の間、
皇はやっぱり俺の手を握ったままだ。

皇はよく俺の手をつなぐ。

喧嘩して顔を真っ赤にして
悪態をつくときでさえ、
離さない。

一体どういう心理なんだろう。

こいつは言ってることと、
行動が時々ちぐはくで、
単純な俺にはさっぱりわからない時がある。

「なあ皇、
どうしてお前は俺の手をつなぐんだ?」

暇だったし、聞いてみた。

「逃げないように⋯⋯一応な」

皇はそっぽを向いて、無愛想に答えた。

けどやっぱりその横顔が
ひどく赤面している。

こいつのこういう表情っていうのは、
昔からちっとも変わらない。

俺達は一応親が決めた婚約者ってことになっていたから、
俺は抵抗はしたけど、親に聞いてはもらえず、

俺は小学生のころから割と頻繁に
皇のお屋敷に上がらなくてはならなかった。

皇家の礼儀作法やしきたりを学ぶため、
な〜んて建前は一応あったけど、

実際のところ、
単に皇の遊び相手だったんだよな。

今でこそ健康優良児に成長した皇だが、
当時は病弱で学校も休みがちだったから、
きっと寂しかったんだと思う。

「帰る」っつったら、めちゃくちゃ引き止められて、
結局、皇家でお泊りになるパターンだったな。

皇家でお泊りっつうか、
まあ⋯⋯コイツの部屋で添い寝⋯⋯なんだけどさ。

昼間どんなにケンカしても、
夜にはいっつもこんなふうに手を繋いで
眠ったな⋯⋯って

黒歴史じゃねぇか!

俺は当時を思い出して愕然とする。

完璧に、黒歴史じゃねぇかっ!!

小学生だったとはいえ、
俺、こいつと思いっきり添い寝してたしっ!

今思い出したら、
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねぇか!

「うん? どうした? 藤堂椿」

いきなり黒歴史を思い出してしまい、
ひどく取り乱す俺に、
皇は不思議そうな表情をする。

「いやっ、なんでもねぇっ!
なんでもねぇしっ!」

あわてて誤魔化したちょうどそのとき、

「藤堂さま、藤堂椿さま」

看護師さんに名前を呼ばれた。

天の助けとばかり、俺は診察室に入る。

「異常ありません。
まったくの健康体ですよ」

開口一番医者にそう告げられて、

「はあ〜!」

皇は俺の肩口に額を押し当てて、
大きく安堵の息を吐いた。

「良かった〜」

ひどく脱力している。

なんか、心配させてしまったようで
申し訳ない。

「ですので原因はやっぱり精神的なものですね。
なにかよっぽど怖い目にあったのでしょう」

医者がかわいそうにと
憐れむような眼差しを俺に向けた。

「ええ、そうなんです」

俺はよよと科を作った。

「⋯⋯」

隣で皇がものすごく
ばつの悪そうな顔をしている。

「なにか身体に異常があるわけではないのですが、
おそらく体質ですので、
似たような状況になったら
同じ症状を繰り返す可能性がありますので
気をつけてください」

とのことだった。

帰りの車の中で、俺は皇に聞いてみた。

「俺のことばっか心配しているけど、
皇、お前の身体はもういいのかよ?」

出会った頃のこいつは、
喘息やら自家中毒やらの持病があって、
けっこう大変な状態だった。

きっとあのときのこいつは
皇家の一人息子であるという重圧に
押しつぶされそうになってたんだろうな。

「愚問だよ、藤堂椿。
僕のコンディションは完璧だ」

そう言って皇が不敵に笑って見せた。

「皇、お前強くなったよな」

なんかしみじみとそう言ってしまった俺に

「あっ?」

皇が顔をしかめる。

「つっても昨日俺を背負ったときには、
プルプルしてたから、
まだまだけどなっ!」

俺の軽口に皇が真っ赤になった。

「ちっげぇしっ!
あれはそんなんじゃないしっ!
僕、めっちゃ鍛えてるから、
君ごときを背負ったところで
全然平気だしっ!」

ああ、鍛えてるんだ。
まあ、こいつって実はこう見えて努力家だもんな。

そうこうしているうちに、藤堂家が見えてきた。

途端に皇の口数が減る。

「うん? どうした?」

俺が皇を伺うと、無言のままで手を掴まれた。

車が藤堂家の正面玄関で停まる。

「帰したく⋯⋯ないんですけど⋯⋯」

ひどく思い詰めた表情で
皇がぽつりと言った。

「はあ?」

俺が聞き返すと

「いやっ! だから君を帰したくないんですけどっ!!」

なんか皇がブチ切れやがった。

「なんで? ここ俺ん家」

俺が自分家を指差すと

「一緒に食事をしませんかっ!!!」

なぜだか皇がブチ切れモードである。

「腹減ってんのか? じゃあ俺ん家来いよ」

と、一応気を使って言ってみたのだが、

「そうじゃないっ! もういい、坂下、
このまま皇家に行って!」

そしてそのまま車は動き出した。