「あのさ、俺、今、ひょっとしたら
『お前にめちゃくちゃ
愛されてるのかもしれねぇ』って
変な妄想しちまってよ、
あっはははは、我ながらマジでウケるっ!
正気の沙汰じゃねぇしっ!」

藤堂椿が笑っている。
僕の恋心を。

あなたが⋯⋯好きです。
死ぬほど⋯⋯好きです。
好きすぎて⋯⋯伝えられないんです。

不意に目頭が熱くなって、
視界が滲んだ。

「えっ? お前、何泣いてんの?
そこ、笑うとこだろ!
爆笑ポイントだろ!」

尚も藤堂椿は笑い続ける。
おかしくてたまらないと言った風に
身を捩って。

笑うな⋯⋯。
いや、笑ってはいけないんだ。

君を想い続ける
男の純情を。

「あまりにもくだらなさ過ぎて、
僕はちょっと笑えないかな」

そう言いながら心を凍てつかせて、
僕も笑う。

「それよりも、僕は君の条件をのむ代わりに
君にもペナルティーを課すことにするよ。
でないと不公平だろ?」

できるだけ、彼女を困らせたかった。

「ペナルティー⋯⋯とは?」

彼女の顔から笑みが引いた。

「たとえ非公式であっても、
僕達は付き合っている。
それなら君にも誠意を見せて欲しい」

飢えて
飢えて
飢えて⋯⋯
君に飢えて死にそうになっているこの僕の
最後の足掻き⋯⋯なのだと思う。

「何をすればいいんだよ」

君のもまた心を凍てつかせて
僕に対峙する。

「僕にキスして欲しい。もちろん唇に」

僕の提案に、彼女が固まった。
まあ、そうなるだろうね。
できないことは分かっている。
だからせいぜい困ればいい。

自分の純情と政略結婚の間で。

「いっ今、ここでか?」

藤堂椿が真顔で僕に問う。

えっ?
やるの?

彼女の問いに、僕は目を瞬かせた。

えっ?
いやいやいや。

藤堂椿よ、
ここは例のハンバーガーショップの
店内だから!

公共の場だから!

自分で提案しておきながら、
僕は背中に変な汗をかいた。

「まっ⋯⋯まさかっ!
さすがにここはまずいでしょう。
場所を移そうか」

僕達は駐車場に移動し、
運転手の坂下に席を外してもらった。

運転手不在の車中、
僕達はともに車の後部座席に座り、
沈黙している。

ときどき隣の藤堂椿は
赤い顔をしたり、青い顔をしたり
「あー」とか「うー」とか唸り声を上げている。

「それで? 運転手の坂下に
この店でお茶をしてくるように言ってから
間もなく一時間が
経とうとしているんですけど?」

僕はしれっと足を組んで、
腕時計に目をやる。

「まだ決心がつかない?」

そう聞いてやると、
藤堂椿は複雑な表情を浮かべた。

「あの⋯⋯いや⋯⋯うん⋯⋯どうだろう?」

完璧にテンパっている。

「別にそんなに構える必要ないんじゃないの?
キスのひとつくらいで。
ファーストキスはすでに経験済なわけし」

そう言って僕が煽ると、
藤堂椿は真っ赤になった。

藤堂椿の唇は僕が奪った。
まあ齢6歳の頃の話だけど。

その後、白目をむいて倒れてたよな。

思い出すと笑える。

「あっ⋯⋯あれは、
俺のなかではカウントしないことにしている。
ガキのころの話だし」

藤堂椿は、真っ赤になって反論した。

なっ⋯⋯なんだと?
僕はめっちゃカウントしてるっつうの!

っていうか、あれは
僕にとっても思いっきり
ファーストキスだったんだからな!

僕の純情を君に捧げたんだからな!

それをカウントしないって、どういうこと?

ふざけんじゃねぇぞ!

って思ったけど、僕はおくびにも出さない。

「ふ〜ん、そうなんだ」

と軽く流す。

「そもそも、あの頃と今とじゃ
行為の意味も重さも全然違うだろ」

藤堂椿は下を向いて、モゴモゴと言った。

当方、何一つ変わっておりませんが、何か?

「そもそも『キスのひとつくらいで』って
てめぇのその発言がすべてを物語っているよな。
くっそ軽い。
どんだけ女と遊んでんだよ」

藤堂椿が恨みがましく僕を見る。

僕はクスリと笑みもをもらし

「さあ、どうだろう?」

とりあえず、余裕ぶっこいてみる。

だがしかし、
当方、そのような事実は一っっっ切ございません。
10年前のあの日から貴女への思いは100%純愛です。

ちなみに当方の貴女への思いは
シロナガスクジラより重いぞ?

確実に胸焼けするレベルだからな!
覚悟しとけよ、コノヤロー。

「はぁ〜」

藤堂椿がため息を吐いた。

「俺が藤堂の娘で、
藤堂とお前んちが
ビジネスパートナーだってことは
ちゃんと理解している。
その上でお前が俺に温情をかけてくれたことは、
すげぇ感謝してる。
だけど誠意の証として、キスをするっていうのは
なんか違う気がするんだ」

そう言うと藤堂椿は、寂しそうに笑った。

「お前はさ、今は愛する人もいなくて
荒れた生活を送っているんだろうけど、
それでも俺は『キス』っていうのは
やっぱりその人を愛するという
意思表示なのだと思うから、
お前が心から好きだと思う人と
ちゃんとそうなればいいなって
思うんだ」

それが貴女なんですけどっ!
なんで傍観者の立ち位置なの?

僕は君の彼氏だっつぅの!

焦れる。
無性に焦れる。

本心を晒す勇気がないくせに、
だけど知ってほしい。

そんな相反した思考に
心が悲鳴を上げている。

「本当にそう思うか?」

僕は藤堂椿を真っ直ぐに見つめた。

「えっ、あっ、うん」

藤堂椿は頷いた。

「本当の本当にそう思うんだな」

僕は尚も重ねて藤堂椿に問うた。

「いや、まあ⋯⋯うん」

藤堂椿はきょとんとした表情をする。

君は傍観者ではない。
当事者なのだと、

そのことを分からせたい。

刻みつけたい。

そんな衝動に駆られた。

「なら、覚悟を決めろ! 藤堂椿」

僕の言葉に、藤堂椿は更に挙動不審に陥る。

「えっ? なんの覚悟?」

僕は藤堂椿の肩を掴んで
車の隅へと追い詰める。

「ひっ」

藤堂椿は小さく悲鳴を上げた。