もう一度、君の手を握る

 若林さんの問いかけに、一瞬ドキッとする。俺が向こうで経験したことを言い当てているのだろうか。

「な、何を言っているんだ。それに、どうしてそういうことを知っているんだ」
「私ね、恋愛小説が好きでよく読んでいるの。ネットと紙の本の両方で、ね。だけど、ここ最近のネットに上がってくる恋愛ものって『寝取られ』、『BSS』、『ざまあ』……そういったものが目立つのよ」

 若林さんの口から刺激的な言葉が伝わってくる。そのどれもこれもが、俺にとっては知らないものばかりだ。

「びー、えす、えす……? なんだよ、それは」
「『僕が先に好きだったのに』の略で、自分のふがいなさを棚に上げ、何の意味もないものに執着する――要は片思いね。今ちょっと小説サイトのとあるジャンルのランキングを表示しているけど、見てみる?」
「……いいよ、そんなのを見ても……」
「遠慮しないで。あなたに関わることよ」

 若林さんはテーブルで寝そべっている俺にスマホの画面を見せる。
 目の前には小説を掲載しているサイトのランキングが表示されている。
 長いタイトルとあらすじ、キャッチフレーズが目に飛び込んでくる。
 そのひとつひとつを目にすると、共通したことが見えてくる。

 気に食わない相手や自分を陥れた人間はどんな手を使ってもたたきのめす。その結果、意中の相手と結ばれる――。
 俺が少年漫画誌でよく目にしているラブコメ漫画とは全く違う。ラブコメでは異性を好きになるきっかけがあるのに、これらにはない。相手をたたきのめすことばかりが目出つ。