もう一度、君の手を握る

「……すみません、取り乱しました。さっきのようなことがあるので、もし何かありましたら……」
「そうだな。青葉は……いろいろあるみたいだけど、みんなも彼を支えてやってくれ。この街にも慣れてなさそうだから」

 俺が簡単に説明すると、先生がすかさずフォローしてくれる。それに、俺以外の生徒たちも俺に向けて拍手を送ってくれた。
 優しいのはなにも先生だけでない。クラスメイトがみんな俺に優しく接してくれる。

「それじゃあ青葉の席は……、若林の前だな」

 先生が指差した先は、教室の左側の一番奥だった。
 その席の前に座っていたのは、女子だった。
 だけど、女子の前に座っていいのだろうか。

「……いいんですか?」
「いいんだ。もともとそこの席に座るはずだった生徒が青森に引っ越したからな。なんでも、親の都合らしい」
「……わかりました」

 先生にほだされると、俺は彼女の待っている席へと向かう。

「は、はじめまして、青葉です。よ、よろしくお願いします」

 彼女に軽く頭を下げる。すると、引き締まった見た目の彼女が口を開く。

「私は若林真凛。よろしくね、青葉君」

 若林さんは笑みを浮かべ、体の向きを俺の立っている方へと向けてその右手を俺に差し出す。
 若林さんの瞳が俺に「握手してくれませんか」と語り掛けている。

(本当に握手していいのだろうか)

 恐さと疑念の思いが俺の心を駆け巡る。
 向こうの学校でひどい思いをしているのを彼女は知らないのだろうか。
 だけど、若林さんの目はまっすぐに俺を見つめている。

(信じて……いいんだな)

 俺は震えながらも右手を伸ばす。そうすると、彼女はしっかりと俺の手を握った。

(柔らかい。それに、温かい)

 若林さんの右手には、確かなぬくもりがあった。
 その手は罪をかぶせられ、クラスメイトからいじめを受け、孤立無援のまま川崎の街を去ることになった俺の心に勇気と希望を与えてくれる。

「それじゃあ、そろそろ最初のホームルームを始めるぞ。二人とも自分の席に座って」
「「は、はい!」」

 俺たちは顔を赤らめると、慌てて握手した手を離す。
 クラスメイトたちがくすくすと笑っていたけど、特に気にすることはなかった。
 このときは気がつかなかった。
 若林さんと俺との出会いが傷ついた心を癒やしてくれることを。