もう一度、君の手を握る

 春の嵐が吹き荒れるなか、文芸部の部室は静寂に包まれた。
 しかし、その静けさも――。

「……じゃあ、決まり!」

 若林さんの一言であっという間に破られた。しかも、俺から距離を取って。

「私のことを好きになったんでしょ? それなら、文芸部と演劇部に入って私のことを手伝ってくれるかしら」
「えっ、俺が? 冗談だろ!」
「冗談じゃないわよ。あなたが知らない間に入部届の書類を用意しておいたの」

 ふと長テーブルに視線を移すと、そこには二枚の紙切れが置いてあった。
 紙切れには「入部届」と書いてあって、その下にはきちんと『文芸部』、『演劇部』と若林さんの字で書いてある。
 若林さん、ずいぶんと用意周到なことをしてくれるじゃないか。女性に対する不信感がなくなったのに、これではまたぶり返しそうだ。

「……俺はいいよ。部活に入る気なんてないし」
「そういうわけにはいかないのよ。うちの学校はみんな部活に入るって決まりになっているから」
「だからといって兼部するのは……」

 ためらっていると、若林さんは長テーブルを回り込んで俺の耳元まで顔を近づけてささやく。

「智也、もし入ってくれたら私の踊っている姿を間近で見られるわよ」

 その一言を聞いた途端、俺は思わず耳を疑った。

(若林さんが踊っている姿を目の前で見られるのか)

 確かに、先ほどのエールは見事なものだった。幼い頃から頑張っていたと話すだけあって、動きもこなれたものだった。
 幼なじみを奪われてからずっと、俺は今までずっと一人で苦しんできた。だけど、そんな俺に春がやってきた。

(若林さんの思いにこたえよう)