「へえ。やっぱり付き合うことになったんだ」

「やっぱりって何、やっぱりって……」

 顔を引き攣らせる私に、律子はきのこパスタをくるくる巻き付けたフォークを口に入れ、くふふと笑った。

 彼女の肩で切りそろえられた艶髪がさらりと揺れて、赤い口紅が綺麗な弧を描く。

「だあって、茜ってばわかりやすいんだもの。完全に課長に惹かれてたじゃない。だから私だってお膳立てしてあげたんでしょ」

「うっ……」

 図星を突かれて二の句が告げない。私は返事の代わりに、自分のオムライスを一口掬って食べた。とろりとした半熟の卵と、酸味と甘みのきいたチキンライスが口の中で混ざり合い、なんともいえない旨さを醸し出す。

 うん。やっぱり紅苑のオムライスは絶品だわ。

 ―――二度目のデート翌日。

 私は律子と一緒に昼食を取っていた。それも場所は社内食堂ではなく、課長との待ち合わせ場所にもなっている紅苑である。

 ここのお昼ランチはとても人気で、急がないとすぐに人が並んでしまうが、今日は律子が先に来て席を取っておいてくれた。まあ、その代わりに色々と白状させられているのだけど。

 ……だってやっぱり、兼崎さんに頼んでたんだもの。課長ってば。

 少し不貞腐れた気持ちで、付け合わせのサラダをほおばる。自家製のドレッシングがきいていて、どちらもとても美味しい。

 こうして律子と紅苑でご飯が食べられたのも、課長が兼崎さんに仕事を頼んだからだと思うと、少し複雑だった。

「で? どうしてその兼崎さんって人に頼む事になったのか、理由は聞いたの?」

 複雑な気持ちになっていると、それをお見通しとばかりに律子が質問を投げてくる。私は彼女を見ながらつい眉尻を下げた。

「聞いてない……」

「どうして聞かないのよ」

「だって仕事なんだもの。誰にやってもらうかなんて課長の判断に任せるしかないでしょ。それに、今までただでさえ嫌そうにしてたのに、今更どうして自分じゃないのか、なんて聞けないわよ」

 私より先に食事を終えた律子は、私の返答に「ふうん」と何か含んでいる様子で目を眇めてみせた。

「ちょっと、何よ」

「別に~? トンビに油揚げって事にならなきゃいいわねってだけよ」

「なにそれ」

 律子は呆れたように首を左右に振ると、肩を竦めて言った。

 私は彼女がグラスの水を飲むのを見ながら、残ったオムライスを口に入れる。美味しいのに、胸はいっぱいにならない。律子が言いたい事はなんとなくわかるけれど、だからといって何ができるわけでもない。

 課長が私より兼崎さんに頼みたいと思ったならそれは尊重すべきだ。上司である彼にはそれなりの考えがあるのだろうから。

 私達が付き合い始めたことと仕事はまた別の話だ。大人なんだからそれくらいは区別しなければ。

「ちょっと、茜ったら」

「痛っ、もう、なにするのよ」

 食べながらぼんやり考えていたら、突然律子におでこにデコピンされた。

 たいして痛いわけではなかったけど、不意打ちだったので驚いた。彼女は、仕方ないな、みたいな顔で笑っている。

「あんたのそういう聞きたいことを我慢する癖、よくないわよ。気になる事はちゃんと聞く! 付き合い始めだからって遠慮してると、無駄な時間消費しちゃうんだから。出張の期間の事もあるし、さっさと聞いちゃなさい……ま、どうせ大した理由じゃないわよ。あたしの推理ではね」

「どういう意味よー?」

「ほほほ、この律子様には何でもお見通しって事よ。……それに、この前本庄課長とも話したからこそ言うけど、あんたも分かりやすいけどあの人も大概だと思うわよー」

「あ、ちょっと律子」

 律子はなにが楽しいのか満面の笑顔でそう言って、私の食事が終わったのを見るや伝票を手に椅子を立った。しかもさっさとレジの方へと歩いていく。なので私も慌てて席を立ち、バッグを手に彼女の後に続いた。けれど律子は千円札を三枚出して、手早く二人分の料金を支払ってしまう。

 私は彼女に自分の分の代金を財布から出して手渡そうとしたが、笑顔で制されてしまった。

「今日はあたしからのお祝いってことで。それと応援もね」

 しかもそう言ってお店のドアに私を引っ張っていく。

「でも」

「いいのよ。また何かあったら教えてくれたら。だって人の恋バナほど楽しいものってないもの」

「もう、律子ったら……わかった、ありがとう」

 一瞬戸惑ったけれど、楽しそうにそう言ってくれた友人に私は苦笑して、今度は自分が奢ることを決めてお礼を言った。

 彼女と会社へ戻る途中、街路樹として植えられている桜の樹を見た。花びらを落としきった枝にはもう青々とした若葉が見えている。

 今はもう、四月の終わりだ。

 課長が本社に戻るまであと、一カ月。