「キアラさん…?」

キアラさんはふらふらとした足取りで私達に近づいてくる。

「おなたのお姉様も……ヒーローに毒され、私を置いて行ってしまった。一番傍にいて仕えてきた私を! 」

一体何が起きているのだろう。
状況を理解できないままナギの方を見るが、彼はこうなるのが解っていたかのように落ち着き払っていた。

「そして妹のあなたまでヒーローを信奉しているだなんて……!
どうせそこの男が誑かしたに違いありません!お前ら等纏めて殺してやる……! 」

キアラさんが剣を抜きこちらに飛び掛かると、ナギが私を庇うように前に出る。

「実力の解らない相手は危険よ、私が戦う。」

私の言葉も聞かず、彼はキアラの刃を受け流すと、慣れた手つきで彼女を地面に伏せた。

「やっぱり釣れたね、キアラさん。」

……おかしい、いくら鍛えたにしたって動きが良すぎる。
訓練中のナギはここまで強くなかった、一体どうなっているのだろう?

ナギは地面に伏せられたキアラさんの首に触れる。
すると蛇が這ったような痣がキアラさんの体にでき始めた。
その痣が発する「異物感」はとても不気味で、痣が大きく彼女の体を這う度キアラさんは苦しみもがいていた。

「何……してるの……? 」

「これが俺の本当の能力だよ、人から生命力を奪って、それを他人に放出する事で怪我を治癒したりできる……
残念ながら専用武器は持ってないんだけど、触れば発動するから十分なんだ。」

ナギはあくまでいつもと変わらぬ様子で淡々と語る。
地面に伏せられたキアラさんは苦しそうに呻き、私は額に冷たい汗が伝うのを感じて一歩、下がった。

「ウリュウ様は君達を疑ってて……
リリアやキアラさんとかが内通者なんじゃないかって思ってたみたいなんだ。
だから俺、スパイとして君達に近づいたんだよ。」

ナギは無邪気に笑う。

「騙しててごめんね、リリア。俺も心が痛んだんだけど、でもこうして助けることができて良かった! 」

「ヒーローが好きって言うのも……嘘なの? 」

「あれは本当。でも、リリアなら解るでしょ?
俺の立場からしたら不相応な趣味だし……持ってちゃいけない夢だからそのあたりは割り切ってるんだ。」

「キアラさんを……どうするつもり? 」

「この女、君に悪質な嫌がらせしてたみたいだし……リリアの事殺そうとしたからギリギリまで苦しめてやろうよ。
悪は倒す、それが正義だろ。」

キアラさんのうめき声はどんどん弱々しくなっていく。

そんなの……!

私は勇気を振り絞って彼の胸ぐらを掴むと
「駄目よ、報復なんてヒーローのやる事じゃないわ!」
と言い放つ。

「……リリア……? 」

彼は不思議そうな顔で私を見る。
ナギと戦う事になるなら、それでもいい。
キアラさんへの仕打ちを止めなければ。

「悪を滅するだけじゃなくて許すのだってヒーローの仕事でしょ!
ヒーローになりたいなら今すぐやめなさい!」

ナギの顔を見るのが怖くて、目を固く閉じながら叫ぶ。

しかし、反応はなく攻撃されるどころか言い返される様子もない。
私はそっと目を開けておそるおそる様子を伺うと、ナギは唖然とした顔で私を見るのみで、
地面に伏せられていたキアラさんは解放され、痣は体から消えていた。

「……リリアって……やっぱり変だよ。俺はヒーローになんかなれないのに。」

「ちょっと……泣いてるの? 」

私が彼の前髪をよけると、見覚えのある顔が眼前に飛び込んでくる。

「ほわぁ!? 」

ブラック……ブラックだよね!?
そっか、ブラックの本名は「黒峰凪人」……ナギって入ってるじゃない!

まずい……目の前で人が泣いてるというのに、推しと分かった途端口角が緩んでしまう……!

「……どうしたの……? 俺の顔、変? 」

「変なんかじゃないわ…綺麗な顔よ……! 
でも涙は拭きなさい!キ、キアラさん大丈夫……? 」

私がナギにハンカチを投げつけキアラさんに駆け寄ると、彼女は子供のように泣きじゃくり
「エリヤ様……何で置いて行ったのよぉ……私も連れて行ってくれたら良かったのに……!」
と叫んだ。

きっと、リリアも同じ気持ちだったのだろう。
自分の部屋に引きこもり、どうして姉が自分を捨てたのかを考え、泣いて……
許されることではないが、その寂しさや恨みが彼女を「悪役」に変えてしまった。
今回リリアになれたことで、彼女のことが少し好きになれたかもしれない。

私はリリアの「孤独」や「苦しみ」に思いを馳せ、そっと目を閉じた。