「グラン・プラスは来年まで待ってね。
必ず連れて行ってあげるから」

私の視線を感じたのか、謝る口調でキョウが言う。
そんなこと――気にしても居ないのに。

でも、真剣に詫びられて「別にぃ」と言うほど子供でもない私は
「うん、楽しみにしてるね」
と言った後
「だけど、キョウが唄ったLes Anges dans nos Campagnesすっごく素敵だったわ」
と、付け加えた。

だから、無理してフランス語なんて完璧にする必要なんてない、のに。
それを言おうか言うまいか迷っていたら、完璧としか表現できない顔で、キョウが私を見下ろした。

そうして、低い声でつまらなさげに言う。

「素敵に唄えない歌なんて、ユリアに聞かせる価値が無い」

も、もしかしなくてもキョウってば、予想以上の完璧主義者だったんですね?
いまさら改めて感心するのも不自然な気がして、そっか、と頷くに留める。

と。
そのとき私たちの目の前を、黒猫がすたすたと横切っていった。

……黒、猫?

黒猫はとことこと歩道を横切って、車どおりの耐えない車道へと躊躇わずに向かっていく。
私はするりとキョウの手を解き、我を忘れてその猫の方へと駆け寄った。


キキーっ

「ユリアっ」

耳をつんざくようなブレーキ音と、私の名を呼ぶキョウの声に我に返る。