空は雲に覆われているけれど、どこか明るさがあり、湿った空気の中にほんのりと光が差し込んでいた。

 俺は偏差値38の高校に通う高校2年生、冬月蓮(ふゆつきれん)。

 怖さや寂しさ、苦しさが混ざり合って、俺の頭を支配する。

 現在時刻は午前11時。

 教室では、確か3時間目の授業が行われている頃だろう。

 屋上から空を見上げる。

 雨粒がぽつりと手すりに落ちた。

 空は灰色の絵の具を溶かしたように広がり、雲の隙間からわずかに光が漏れ出ている。

「彩芽…」

 あの日から俺は何度もこの名前を口にしている。

 助けることも、自殺を留めることもできなかった後悔が今も俺を縛り付けている。

 俺はただ一人、昇降口に立ち尽くした。

 クラスメイトの笑い声が遠ざかっていく中、道端で拾ったライターをポケットにしまい、指先で静かに転がす。

 駅まで歩き、スマホを弄びながらホームで電車を待つ。

 雨に濡れた制服が制服にまとわりつき、冷たさがじわじわと身体に沁み込む。

 電車が滑り込むようにホームに入ってくると、俺は無言で乗り込んだ。

 車内は静かで窓の外の雨粒がゆっくりと流れていく。

 次の駅で降りると俺は傘も差さずに公園へ向かった。

 雨は容赦なく降り続き、歩道の水たまりを容赦なく踏みつけた。

「あ。また会ったね、蓮」

 微笑む彼女の顔は葉についた水敵が光を反射するように輝いていた。

「彩芽」

「彩芽じゃなくて灯夏(ほのか)だって」

 転がすように笑うその笑顔に彩芽の面影が重なる。

「なんでここにいるの?」

 灯夏は微笑んだまま答えなかった。

 風が吹き、木々がざわめく。

「ただ雨宿りしてるだけだよ」

 傘を畳みながら静かに微笑む。

「そう…」

 聞いてはいけないような予感がした。

 有無を言わせない鋭さがあった。

 訊いたら彩芽は消えてしまう気がした。

 ポケットに手を突っ込み足元の水たまりを焦点が合わぬままぼんやりと見つめる。

「蓮、高校生でしょ。勉強しなくていいの?」

 訊かれたくないっことを訊かれると話題を変える。

 変えてくる場所も俺のいたいところを突いてくる。

 小賢しいところが彩芽とよく似ている。

「いいんだよ。俺の学力に期待してる人はいないし」

 灯夏は眉をひそめて、俺の顔を覗き込む。

「そんなのやって見なきゃわかんないもんでしょ」

 底抜けにポジティブな言葉しか発さない。

 無理だと経験上分かっているはずなのに、照らされてしまう。

 これはもう確定だ。

 目の前にいるのはやはり彩芽だ。

 これは俺が作り出した妄想なのか。

 それとも…。