「え?」

 振り返った瞬間、時が止まったように動けなくなった。

「彩芽、一緒に生きよう」

 言葉を重ねるように、俺は必死に訴えた。

 でも、それは届かなかった。

「生きないよ」

 次に彩芽がこちらを向いた時、その瞳には揺らぎのない強い意志が宿っていた。

 黒目の中心が微動だにせず、真っ直ぐに俺を見つめていた。

「もし、生きられるとしたらね」

 冗談めかして言うつもりだったその言葉は掠れてしまった。

「ごめん、知ってるよ」

 瞳孔を動かさず、真剣な眼差しで俺を見つめながら言った。

「蓮が私を生き返らせようとして、楽しいことをして、生きたいって言わせようとしてること。最初に言ったと思うけど、昼間でも雨じゃなくても、声も聞こえるし姿も見えてるから」

 冷静で、感情の波がまったくない。事実だけを淡々と述べるその声には、異様な冷たさがあった。

「確かに…」

 思わず口にした言葉が、胸に突き刺さる。

 高ぶる気持ちを抑えるように、彩芽は目を閉じて深く息を吸った。

 そして、さっきの柔らかくあどけない笑顔に戻って、微笑んだ。

「どんなことがあっても、私は生き返らないよ。だから、それは諦めてね」

 優しい声なのに、拒絶の意志は揺るがない。

 罪悪感が口の中で溶ける生クリームのように広がっていく。

 血の味が胸の奥に広がり、赤黒い塊となって沈んでいく。

 言葉が出なかった。

 怒っても彩芽の心には届かないと分かっていたし、納得の言葉を口にしても、自分の心は晴れなかった。

 親指の爪を人差し指に立てるだけで、俺は何もできなかった。