「ね、もうすぐ終わっちゃうからさ、思いっきり暴れようよ」

 彩芽は気障な笑みを浮かべながら、楽しそうに言った。

 そうか。

 あと6ヶ月しか残されていないんだ。

 何もできていないという焦りと、空っぽな感情が胸に広がる。

「暴れるって、何するの?」

「雨の中で大声で歌ったり、鬼ごっこしたり…!」

 彩芽は興奮気味に、次々とアイデアを口にする。

「いいよ」

 彩芽が楽しんでくれそうだったから。

 もしかしたら、という期待もあったから。

 ただ、無邪気に遊べたら、それだけでよかった。

「じゃあ今日は歌って、次は鬼ごっこね」

 そう言って笑いながら、彩芽は東屋の外へ飛び出した。

 雨粒が全身に打ちつける中、彩芽は笑顔で歌い始める。

 俺も立ち上がり、彩芽の前に走り出す。

 囁くように微笑みながら、彩芽の好きな懐かしい歌を口ずさむ。

 別れを歌った切ないメロディ。

 掠れた声が雨音にかき消され、彩芽の歌声は次第に力強くなっていく。

 雨音と歌声の競演。

 澄み渡る彩芽の声と激しい雨音が公園全体を包み込む。

 まるで、世界がその音に染まっていくようだった。

 彩芽は空に向かって両手を広げ、この瞬間を全力で楽しむように歌う。

 歌詞の一言一言が彼女の心から溢れ出し、雨粒に乗って空へ舞い上がる。

 サビに差し掛かると、彩芽は目を閉じて感情を込めて歌い上げた。

 その歌声は美しく、俺の心に深く響いた。

 最後の音を長く響かせてから、彩芽は満足げに口を閉じる。

 余韻が耳に残り、拍手すら忘れてしまうほどだった。

「次は、蓮の番だよ」

 無邪気に笑う彩芽。

 俺は彩芽みたいに歌が上手くない。

 それでも、歌いたいと思えた。

「じゃあ、歌うよ」

 選んだのは昔二人でよく聴いたあの曲。

 小学生の頃、彩芽が教えてくれた優しくて切ないメロディ。

 童謡のような素朴で簡単な歌。

 でも、完全な希望を描かないその歌が、当時の俺の心に深く刺さった。

 最初の音を発した瞬間、彩芽は目を輝かせて俺を見つめた。

「懐かしいね、それ」

 雨はまだ激しく降っていたが、俺の声はその中を突き抜けていくようだった。

 彩芽はそっと口ずさみながら、俺の隣に立っていた。

 歌いながら、記憶が次々と蘇る。

 胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

 歌い終えると、彩芽は静かに温かく拍手をしてくれた。

 彩芽は、俺の沈んだ気持ちを感じ取っていたのかもしれない。

 だからこそ、自分から提案して、楽しい気持ちにさせようとしてくれたのかもしれない。

 いや、それは思い上がりかもしれない。

 でも、どちらでもいい。

 ただ、この楽しい感情に浸っていたかった。